特集Ⅱ 熊本大学の防災・減災研究最前線

今年は、熊本地震から10年の節目の年。熊本大学で進められている、防災や減災に関する様々な研究や取り組み、そして、自然や災害の仕組みそのものを知るための研究をご紹介します。

自然災害が頻発する今、考えたい
日常と非日常を「分けない」備え

自然災害に備えることは大切ですが、災害という非日常を常に意識し緊張しながら日々の生活を送ることは不可能です。そうではなく、日常と非日常を分けず、普段の快適な暮らしがそのまま備えになる環境を作ることが、防災や減災につながる。そんな考え方のもとで公共空間デザインの研究を進めているのが、星野裕司教授です。

くまもと水循環・減災研究教育センター
工学部土木建築学科
景観デザイン研究室
星野 裕司教授
Yuji HOSHINO

公共空間を自然と人がつながる場所に

 私の専門は、土木構造物や公共空間のデザインです。私たちの生活に不可欠な道路などのインフラにおいて大切なのはもちろん機能性ですが、それに加えて、使い心地や居心地の良さも備えたものにするにはどうすればよいかという研究を進めています。

 その中で、自治体と協働している取り組みが、防災・減災に関わる公共施設のデザイン。たとえば防災施設として、川岸に高い堤防を作ったとします。しかし堤防は、洪水の頻度を減らすことはできても洪水をゼロにはできません。365日のうち1日あるかないかの洪水危機のために、人と川を分断する無味乾燥な堤防を作るなんて、もったいないこと。そうではなく、洪水のための施設だとしても、普段から人が楽しみ活用できることが大切だと思います。

 これまで公共の防災・減災施設は、自然と人をできるだけ隔てるものとして計画されてきました。しかし、堤防で隔てられ普段から川の様子を見ていない人が、非常事態に適切な判断や行動ができるでしょうか。防災や減災のためには、災害を起こすかもしれない自然に日常的に触れていることが大事です。それを可能にする施設が、公共空間の価値を上げつつ災害への備えにもなる。私はそれを、自然と人間をつなぐインターフェースという言葉で表現し、研究し実践しています。

防災力を高め、より快適になった白川河川敷「緑の区間」

 私の研究室が20年前から参画している一例が、熊本市の白川河川改修事業。熊本市中心部にある大甲橋と、約600m上流にある明午橋の間、通称「緑の区間」と呼ばれる河川敷の整備事業です。白川は周囲の土地よりも高いところを流れる川で、昭和28年6月の 「6・26水害」では甚大な被害を出しました。しかし様々な事情で整備ができず、ようやく改修事業がはじまったのが約20年前です。

 実施されたのが、川が流す水量を増やすため川幅を拡げる工事です。私は、もとの川岸に生えていた木々を移植し、新しい河川敷を緑豊かな散歩道とする計画や、越水を防ぐ堤防の計画に協力。公園などをデザインする時は、普通は人が歩く位置を決めてから木々を配置するのですが、ここでは先に木を移植し、その後、道のデザインを決めました。森の中で人が歩くことで自然と道ができる、そんなイメージです。堤防も、ただのコンクリート壁ではつまらないので、森の間伐材を使ってコンクリート表面に木目をあえて転写し、味わいがでるよう工夫しました。

 この堤防には、人が河川敷へ降りるためのゲートが2カ所設置され、普段は開放されています。しかし、洪水の危険がある時には閉めなければならず、閉め忘れというヒューマンエラーの危険性と背中合わせ。しかしこの地域の消防団が、自分たちが管理すると言ってくれたんです。実は、防災・減災施設には普段の手間がかかることも大切。防災施設に何も手がかからないと、逆に人の防災意識が薄れてしまいますから。ゲート管理という常にある仕事が、いざという時の初動の速さにもつながります。あえて「手間をかけること」にも、日常と非日常を分けない考え方が込められています。

快適で楽しい日常が減災につながることが大事

 この白川「緑の区間」では、月に一度「白川夜市」というイベントが開催されています。この時は、堤防の穴にライトが吊るされ、堤防の中段にある出っ張りの部分がちょうどよい腰かけに。こういったイベントは楽しいだけでなく、地域のコミュニティー力を上げ、それが、いざという時の助け合いにもつながります。災害は必ずやってきますが、いつ来るかはわかりません。それに備えて緊張しながら暮らすのではなく、「備え」=「楽しく、居心地がいいモノやコト」であることが大事だと考えています。

 古くは、自然と近しく生きてきたのが日本人ですが、いつしか効率を優先し、自然を力でコントロールしようとする考え方が根付いてしまいました。しかし、災害はそれをはるかに越えてきます。だからこそ今、自然から遠ざかることなく、また、日常と非日常を分けない暮らし方やコミュニティー力の大切さが見直されてきています。白川の「緑の区間」も、以前は桜の季節以外誰も足を踏み入れない場所でした。しかし、治水工事を通して人が日常的に行きやすく楽しめるところにするにはどうすればいいかを考えて工夫をした。そして今、防災・減災力を備えつつ、普段から人が集い楽しく過ごせる場所になりました。防災・減災施設に普段から親しんでいる人々に、その場が災害に備えた施設であることに気付かれないことが私にとっては成功。ただ、私たち研究者も頑張っていることを少しでも知ってもらえたら、それもうれしいですね。

川幅を拡げる工事で移植された大楠2本。移植は、江戸時代からある「立曳き」と呼ばれる方法で時間をかけて行われ、
大きく張った枝を切り落とすことなく、そのままの姿で移され今も生き生きと葉を茂らせています
白川夜市は、「緑の区間」が生まれたことをきっかけに、この空間をより一層親しめる場所にしようと始まった取り組みです。
夜市を楽しむ人々が腰かけているのが堤防の出っ張り部分。木目が転写された堤防は、高さが約2.6m(川岸側)、厚みは下部が約60~70cm、上部は約40cmで、内部には鉄板が地下7mまで埋まっています

道路側から見た堤防。
頂部には阿蘇産の溶岩石「鍋田石」があしらわれています

普段は開放されているゲート

記事を探す

キーワード検索
検索対象
所属別
検索対象