文化の力で「人を幸せにする」 それが、ミュージアムの役割

熊本大学大学院教育学研究科の研究者であり、かつ、芸術家としても活動する松永拓己教授は、熊本大学キャンパスミュージアム構想のキーパーソン。
芸術家ならではの視点で、ミュージアムの魅力を語ってくれました。

熊本大学 学長特別補佐
熊本大学キャンパスミュージアム推進機構
副機構長
大学院教育学研究科 教授
松永 拓己
Takumi MATSUNAGA

文化財の魅力ある空間で
自分の心の変化を感じてほしい

 私は、空間というものを非常に魅力的に見ています。五高記念館や化学実験場などが持つ、130年を超える「歴史の貫禄」はそれだけでとても素敵なものです。しかし、歴史を封じ込めたレンガ造りの建物の中で感じるヒヤリとするような空気感や、現代人の感覚で言えば白が当たり前の教室の壁がここでは色味を帯びている、なぜだろうという疑問。それらは実際に文化財の中の空間に身を置くからこそ得られる感覚や疑問であり、それを楽しむことが、文化財に実際に「触れる」ことの大きな意味ではないでしょうか。

 たとえば、ラフカディオ・ハーンが歩いたであろう廊下や階段。何万人もの学生たちや教員が行き来したことですり減ったくぼみを見れば、ここには確かに彼らがいたんだと感じられる。エアコンもない夏は暑かっただろう、冬は寒かっただろうなどと思いをはせながら、ハーンらがいた時代と変わらない空間の中にたたずんだとき、自分の心がどんなふうになるのかを、熊本大学ミュージアムキャンパスでぜひ多くの皆様に味わってみていただきたいと思います。

五高記念館の外階段

古きを重んじ
新しきを創ることが役割

 熊本大学キャンパスミュージアムで私がやりたいことを一言で表せば、「キュレーション」です。キュレーションとは、ある分野の情報やコンテンツを収集し、整理し、提示するという意味。美術館や博物館にはそれを専門とするキュレーターと呼ばれる役職もあります。熊本大学が受け継いできた様々な建造物、教育や研究遺産、資料を「ミュージアム」という形で集約・整理し、わかりやすく多くの人に見ていただくことが私の役割だと考えています。

 私は芸術家でもあるのですが、芸術は尊いものだ、すごいものだと腕を組んで堅苦しくしていても始まりません。芸術は人に見てもらってこそ価値があり、これは文化財も同じです。「不易流行」「温故知新」という言葉があるように、古いものを大切にしつつも、現代に合わせた切り口をもって多くの人に興味を持ってもらい、そこから、新しい何かを生み出していくべきだと思います。

 そのための私たちの取り組みの一例が、子どもたちや芸術に携わる方々を集めて行うスケッチ大会。作品は、TSUTAYAさんや肥後銀行さんのお力を借りて外部展覧会も実施しています。そのほかに写真アート展も開催。入賞した作品は展示やHPで紹介しています。これらのイベントは、熊本大学キャンパスミュージアムの施設を、ただ見るだけではなく、どう表現しようかと思いめぐらせながら「絵」や「写真」として切り取ることで、誰も気づいていなかった魅力を発見してもらうことも目的の一つです。ある視点をもってまなざしを変えて何かを真剣に見たとき、世界の見え方は違ってくるもの。皆様の気づきを、熊本大学の新たな魅力にできればうれしいですね。

圧倒的な歴史の迫力の中で
最先端研究を知る醍醐味も

 さらに、熊本大学キャンパスミュージアムでは新たな取り組みも始めていく予定。その一つが、五高記念館の2階に熊本大学の「今」をお見せする部屋を作ることです。熊本大学の前身校のすばらしさをご紹介する展示はこれまでも行ってきました。それらに加え、現在の熊本大学の、各学部や学環、研究センターが持つパワーをご紹介することが目的。五高記念館という、長い歴史を持つ建造物が醸し出す圧倒的迫力の中で、驚きに満ちた現代テクノロジーや最先端研究を知る醍醐味は、熊本大学キャンパスミュージアムだからこそご提供できるものだと自負しています。そうやってこの五高記念館が、熊本大学の魅力と知の拠点としてのシンボルになっていくことが願いです。

 そして、熊本大学キャンパスミュージアムの最終的な目標は、Well-Being だと私は思います。熊本大学が持つ文化財や知を積極的に公開することが、他大学や企業とつながるきっかけとなり、つながったことで新しい何かが生まれ、社会がより良くなり、人が幸せになる。それが、私が考える熊本大学キャンパスミュージアムが目指す未来です。

松永教授のイチオシ!
ラフカディオ・ハーンの石碑
明治27年1月に行われた「極東の将来」と題した講演で、ハーンは「日本の将来は無益な贅沢、華美を捨て、質実、簡素、善良を愛する九州魂、熊本魂の維持如何にかかっている」と話しました。その言葉が刻まれた石碑が熊本大学にあります。
ハーンは、多国籍だったからこそ日本人独特の世界観に気づいたのではないかと思います。様々な国を回り、その果てにやってきた「極東」の九州・熊本で、その世界観に価値を感じ、それを言葉にして、当時の五高生だけでなく、現代を生きる私たちにすら残したかったのではないかと、この一文を読むたびに感じます。私たちは日本人、そして極東人として、こういった先人が残した言葉から何かを感じ取り、明日の自分の血とし肉としていくことができる。それが、文化の力だと私は思います。
学外との積極的な連携・共創も
2025(令和7)年1月、熊本大学は東京藝術大学と連携協定を締結。東京藝術大学の共創プロジェクト「共生社会をつくるアートコミュニケーション共創拠点」に参画しています。この連携のもと、松永教授は東京藝術大学出身の田中一平特定事業教員とともに、「文化的処方展」を化学実験場で開催しました。熊本大学キャンパスミュージアムでは、学外と連携したこのような取り組みを今後も積極的に進めていく予定です。

※文化的処方…孤独や孤立問題が偏在する社会で、健康や幸福を守るための文化による取り組み。熊本でも2025年4月から本格的に実践研究が始まっています。

2026年2月中旬に化学実験場で行われた
「松永拓己×田中一平×文化的処方展」

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