【対談】若林秀樹卓越教授×百瀬健教授
半導体を変える、日本を変える、世界を変える
広い視野と高い志で挑もう!

若林 秀樹 Hideki WAKABAYASHI
半導体・デジタル研究教育機構 卓越教授
  • 2017年~2025年3月 東京理科大学 教授
  • 2025年4月~ 熊本大学半導体・デジタル研究教育機構
百瀬 健 Takeshi MOMOSE
半導体・デジタル研究教育機構 教授
学長特別補佐
  • 2008年~2023年3月 東京大学生産技術研究所/大学院工学系研究科
  • 2023年4月~ 熊本大学半導体・デジタル研究教育機構

皆さんこんにちは!
僕の名前は健児くんです。いつもは熊本大学のウェブマガジン「熊大タイムズ」でリポーターをしています。今回熊大通信に出張したのは、熊本大学で半導体教育や研究を担っておられるすごい先生お二人にお会いしたかったから。それが、若林秀樹卓越教授と百瀬健教授です。お二人から、お話をたくさん聞いてきました!

半導体を冠した新課程創設や取り組みの速さが来熊の理由

健児くん まずは僕から、若林卓越教授を紹介します。若林卓越教授は技術経営が専門で、半導体デジタル産業論の権威。国の半導体デジタル産業戦略検討会議やデジタルインフラ会議の有識者メンバーであり、JEITA(一般社団法人電子情報技術産業協会)半導体部会政策提言タスクフォースの座長なども兼任。熊本大学では、大学院自然科学教育部および新設された半導体デバイス工学課程で、2025年から、半導体産業論や技術経営(Management of Technology:MOT)に関する講義をしてくださっています。

若林 私は、東京大学の工学部出身なんですが、エンジニアにはならず、大学院を修了後、野村総合研究所やアメリカの証券会社などでアナリストを約10年、その後自分でヘッジファンドを起業してファンド運用を約10年、2017年からは東京理科大学の教授を務めMOTを社会人学生向けに教えました。アナリスト時代から、半導体をめぐるヒト・モノ・カネとその構造を対象にしています。

健児くん 2025年、東京理科大学をご退職と同時に、熊本大学の卓越教授となられました。そのきっかけは?

若林 ご縁ですね。2024年8月に東京で開催された「第88回半導体・集積回路技術シンポジウム」で基調講演をしたときに、富澤一仁理事の発表を聞いたことがきっかけ。熊本大学が、すごいスピードで半導体の取り組みを進めていることに感動したんです。半導体はスピードが大事。小川学長が秒を争う世界である循環器医療の医師であることも、学長の取り組みの速さに影響していると思いますよ。あとは、昔から熊本城が大好きだったから来ました(笑)。

百瀬 実は、若林卓越教授が富澤理事の発表を聞かれたシンポジウムに、半導体教育セッションを企画したのは私なんです。半導体人材がこれだけ不足している中、大学で新たに組織を作り教育をする必要があり、その取り組みも半導体の先端技術シンポジウムで発信するべきだと考えました。半導体の新課程創設など、半導体教育にも非常に力を入れている熊本大学からまずは発表してもらおうと、富澤理事に登壇をお願いしたんです。

健児くん じゃあ、そのシンポジウムでお二人は出会ったんですか?

若林 百瀬教授は非常に優秀な研究者として、お名前は存じていました。でもそのシンポジウムで、百瀬教授が私の東京大学時代のクラスメートで半導体プロセスの権威である霜垣幸浩東京大学教授のお弟子さんにあたると聞いて、急に親近感を持ったことを覚えています(笑)。

百瀬 もちろん私も、若林卓越教授のお名前は存じていました。学会の時にお会いできてうれしかったです。

健児くん 熊本大学が初対面のきっかけになったようで、僕もうれしいです。百瀬教授はなぜ熊本大学に来られたのでしょう。

百瀬 私は18歳で大学進学し、ポスドク、助教、講師となった24年間、ずっと東京大学にいたんです。ただ、TSMCの熊本進出が決まり、熊本大学がどう対応するだろうと思っていたら、先ほど若林卓越教授もおっしゃったように、小川学長の強力なリーダーシップのもと、日本で初めて半導体を冠した学科、半導体デバイス工学課程を創設すると。これはおもしろいぞ、と思って熊本大学に来ました。

健児くん 半導体を冠した学科って、日本の大学にはなかったんですか。

百瀬 今までは、たとえば材料の学科では、自動車分野、半導体分野、あるいはバイオ分野など、とにかく広くいろんな分野に学生を送るための下支えとなるような教育が行われていました。でも、学科名に半導体を冠するということは、学んだ学生を全部半導体産業に送る教育をするということ。つまり、発散型ではなく収束型の教育であり、そんな教育をする学科は日本の大学にはほとんどないんですよ。

若林 学問には、アナリシス型とシンセシス型という2種類があります。たとえば、一般的な電気学科の場合はアナリシス型。電気を極めた人材を、様々な産業分野に広く送り込むための学問です。一方、電気もあればケミカルもありプロセスもあるのが半導体。すべてが絡むシンセシス型の学問で、半導体産業のみに人材を送り込むことを目的としているのが半導体デバイス工学課程です。半導体を冠にした学科の創設は、熊本大学の慧眼だと私も思っています。

エンジニアにこそ必要な経営的視点

健児くん 百瀬教授は2023年に東京大学から熊本大学に来られました。半導体の最先端研究をする百瀬研究室には、百瀬教授を慕って他大学から進学してくる人や社会人学生、企業に所属し共同研究をする人など、年齢も国籍も立場も実に様々なメンバーが在籍しています。どんな研究をされているんですか。

百瀬 一つは、半導体用の薄膜を作る研究です。たとえばシャボン玉の膜は引っ張られることで薄くなるわけですが、半導体の薄膜の場合、そんなやり方では任意の場所に必要な量だけ膜をつけることができません。そこで、いったん原子レベルまで材料をバラバラにし、それを雪のように降り積もらせる技術を使って薄膜を作ります。ただ実は、ナノスケールの半導体にこの薄膜を作り不要な部分を取り除くと、この薄膜自体が電子回路になるんです。つまり、この薄膜は半導体表面をコーティングする技術ではなく、材料やデバイスを作るど真ん中の技術だと言えます。

健児くん まさに最先端技術なんですね!

百瀬 そのほかに、半導体の三次元積層実装研究も進めています。これまで半導体は、とにかく小さくする研究が進められていました。しかし小さくすることには限界が近いんです。そこで、チップを縦に積み重ねていく、これが三次元積層です。わかりやすく家に例えると、これまでは長屋のようにつなげていたチップをマンションのように積み重ね、エレベータで行き来するように上下でコミュニケーションさせます。

若林 百瀬教授は本当にすごい研究者なんです。でもそれだけでなく、日本では理系の研究者や技術者に不足している採算やコスト分析という経営的視点、つまりMOTにも深い理解をお持ちなんです。

健児くん MOTと言えば若林卓越教授ですが、熊本大学でどのような講義をしておられるのでしょうか。

若林 隔週で週3回、熊本大学と、熊本大学の東京オフィスで講義しています。ファーストタームは、学部1年生向けに半導体企業入門。もう一つは企業分析です。企業入門では、会社四季報を学生に配布。企業について、売り上げ、利益、経営者、株主などを知り、その企業の特徴や、同じ産業の別の企業との違いなどを見ていき、さらに半導体企業にはどんな企業があるかを理解します。私が座長をしているJEITAに参画している半導体企業の人に、オンラインで話をしてもらうこともあります。今年は、授業を受けた熊大生のうち7人に東京に来てもらい、半導体メーカーのエンジニアとクロストークをしてもらいました。

健児くん 若林卓越教授が講義をしてくださることで、半導体の専門知識だけでなく経営学も学べるんですね。熊本大学にはそんなすばらしい学問環境があることを、もっともっと多くの人に知ってほしいです。工学専攻でも企業や経営理解が必要な理由を、もう少しお話しいただけますか。

若林 日本は技術では勝っているけど、経営では負けている、と言われます。これはまさに、工学部出身の技術者が経営を知らないから。たとえばアメリカでは、工学専攻でも、多くの学生が途中でMBAを取得します。
日本のモデルは、いい技術で製品を安く作れば市場に広がるというもの。でも今は、最初からその技術の特性に適したビジネスモデルを考えないと絶対にうまくいきません。それを日本はこれまでまったくやっておらず、それが日本の半導体シェアが落ちた理由の一つです。そしてもう一つ。メーカーに就職するのは理系が7割。でも、役員になるのは文系が7割。企業経営において、技術者と経営者が密接に関係していないことも良くありません。それに、たとえエンジニアとして就職しても年齢を重ねたら役員や社長になる可能性だってあるのに、経営や組織マネジメントがわからない、となっては困りますよね。

百瀬 先日参加した半導体学会でも企業の方が、事業部長になってお金の計算が必要になり急に勉強し始めた、若いころからやっておけば違ったのに、とおっしゃっていました。これは個人的な反省だとしても、各企業でそれが起こればそれはもう日本という国の反省であり、変えていく必要があるわけです。企業や経営の知識を持つ技術者を育成するMOT教育をしてくださる若林卓越教授がおられることは、熊本大学にとってすばらしいことです。

熊本大学が日本を引っ張る そんな気概を持ってほしい

健児くん 最後に、メッセージをお願いします。

百瀬 日本の大学はこれまで、開発より研究に重きを置いてきました。アメリカでは、大学によっても違いますが、開発に非常に積極的な先生もいます。日本になかった大学と企業との半導体共同開発において誰が第一号になれるかを考えると、物理的な距離はとても重要です。距離が遠く離れている大学と企業の共同開発に莫大な費用をつぎ込むことは、なかなか難しいと思います。その点で熊本は、大学と企業が物理的に近いところに揃っています。ということは、両者が連携した研究開発における日本の成功事例の先駆けになれる可能性があるし、半導体開発モデルを熊本モデルとして構築できる。そうすれば、熊本と熊本大学が先導して日本の半導体の流れを変えていけるのではないでしょうか。

若林 私は外から熊本や熊本大学を見ているのでよくわかるんですが、先ほども言ったように、日本でもトップレベルの小川学長や、百瀬教授のようなすばらしい研究者が熊本大学にいる。これはすごいチャンスなんですよ。熊大生や熊本県民には、もっと高い目線で志高く、熊本や熊本大学が日本全体を引っ張っていくという気概を持ってほしいと思います。熊大生は、私が知っている有名大学の学生と比べても優秀です。熊本一や九州一で満足せず、日本一、世界一を目指してほしいというのが私の強いメッセージです。

僕がリポーターをしている「熊大タイムズ」で、ここに載せられなかったお二人のご経歴や対談をもっと紹介しています。ぜひ読んでみてください!

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