地域創生において、その役割を担える存在としてますます期待されているのが地方大学です。また、日本の研究力をもう一度向上させるため、地方大学が持つ強みをさらに生かす必要性も叫ばれています。そんな中、半導体をキーワードに、国や地域からも大きな注目を集めているのが熊本大学。驚異的スピードで進む変革や新たな取り組みについて、小川久雄学長が語ります。
2025年1月、熊本大学は令和6年度の文部科学省「地域中核・特色ある研究大学強化促進事業」に採択されました。Programfor Forming Japan’s Peak ResearchUniversitiesといい、略称を「J-PEAKS」とする事業です。
本学が「J-PEAKS」採択事業で様々な取り組みを進めたうえで目指す10年後の姿は、「半導体集積地のモデル都市構築を先導し、世界中から多様な人材が集まる研究教育大学」。そのうえで「半導体実装から社会共創研究を通じて、地域イノベーションの実現と持続可能な産業都市構築を目指す」ことを掲げています。半導体集積地のモデル都市になるという、わかりやすくはっきりとした目的に対し高い評価をいただいたことも、採択につながったと聞いています。
J-PEAKS採択事業に示す熊本大学の戦略は大きく三つ。一つ目が、「半導体三次元積層技術の確立・関連産業支援」です。半導体は現在、より小さくする研究が進められていますが、本学では半導体を積み重ね、より大容量かつ高速で低消費電力を可能にする三次元積層技術研究に力を入れており、専門の研究者を積極的に招いています。
二つ目が「社会共創研究の推進」です。ユーザー産業の創出や異分野融合研究を産学官が協力して進める体制を構築します。熊本県は半導体で沸く一方で、水を多く使うことや、企業が集積することによって起こる交通渋滞に対する懸念の声も上がっています。本学には長年熊本の水循環を見ている研究者や、交通やまちづくり研究を専門とする研究者も在籍しており、J-PEAKS採択事業には、こういった研究テーマも含まれています。
そして三つ目が、「研究基盤の整備」です。研究は、大学だけではなく地域産業と一緒になって進めるべきであり、地域の企業と本学がお互いの技術や研究機器を相互活用する必要があります。1980年代の「シリコンアイランド九州」を支えた技術者たちが熊本に残っており、彼らとともに研究を進めることも本学にとって有益だと考え、戦略に掲げています。
現在、全国の地方大学は大きな変革期にあり、J-PEAKSのような支援事業にも表れているように、国もそれを力強く後押ししています。その中でも熊本大学は、寄せられる期待のもと非常に勢いづいている状況にあります。
まずは、半導体関連の施設であるSOIL(Semiconductor Open Innovation Laboratory)とD-Squareの2棟が建てられたこと。SOILは企業や他大学、研究機関が共同研究を進めるオープンイノベーションの場で、東京大学をはじめとした他大学の分室もSOILに入居し研究を進めています。 一方、D-Squareは教育の場。2024年度に創設された情報融合学環と、工学部の半導体デバイス工学課程の学生たち、また、リカレント教育として社会人学生も学んでいます。
D-Squareを活用している情報融合学環は、本学にとって実に75年ぶりの新学部創設となりましたが、2026年度はさらに共創学環が誕生します。経営やマネジメント、データサイエンスから生命科学まで、特定分野にとどまらず学ぶことができる文理融合学環として学内外から期待を集めています。
そして、教える体制の充実も不可欠。半導体経済学の権威であり、国の半導体デジタル政策の専門家でもある若林秀樹先生は、卓越教授として2025年4月から本学でMOT(Management of Technology)という、ビジネスの観点を含めた半導体教育をしてくださっています。若林先生は「熊本がおもしろそうだ」と、自ら希望して赴任してくださいました。大企業のトップですらこぞって受けたいと考える若林先生の講義を、本学の学生は受けることができるのです。ほかにも、2026年度創設予定の熊本大学半導体リスキリングセンターには、元キオクシア株式会社の青木伸俊特任教授が就任。実機と計算機シミュレーションを組み合わせて、半導体技術を根本から理解する教育を柱とし、業界の今後や技術経営に対する学びにも力を入れる予定です。J-PEAKS採択事業でも、半導体・デジタル研究教育機構の教員を24名から60名に増やすこと、特に若手や女性教員を増やすことを掲げています。
半導体関連施設を2棟も新設し、わずか3年の間に2学環1課程を創設、そしてこれほどの教員や研究者が集結し始めていること、このスピード感は、国立大学では非常に稀有なことであり、それだけ、熊本大学が期待されているからだと考えています。
「半導体集積のモデル都市」となるには、半導体だけではなく、半導体のためのサプライチェーン構築が不可欠です。大学、企業、金融機関や政府などが連携し、継続的にイノベーションを起こすエコシステムを確立する。地域産業の生産性と技術力が向上し生まれる、レジリエンスでサステナブルな、地域住民が安全安心に暮らせる地域。これが理想とする「半導体集積のモデル地区」です。
そのためには半導体産業だけでなく、半導体を使うユーザー産業の創出も重視しています。半導体は様々な分野で使われていますが、新しいユーザー産業を生み出し、かつ、人材不足や環境負荷などの課題を総合的に解決する結節点となる役割も必要です。そこには、様々な分野の研究を長きにわたり進めてきた熊本大学の力が役立てられるはず。たとえば、今の研究者たちには、研究費は自ら獲得すべき、というトレンドがありますが、熊本大学は、我が国における代表的な研究費である科研費の獲得実績の面でも非常にすばらしい大学だと自負しています。
熊本は今、半導体で盛り上がりを見せていますが、熊本県外で一般的には、まだ「熊本=半導体」という意識が醸成されているわけではありません。しかし、私たちが想像する以上の企業や人が国内外から熊本にやってきています。優秀な人材が熊本に残るだけでなく他所からも熊本にやってくる、企業も増えて、熊本という地域から日本全体を盛り上げる。熊本大学は、そんな未来を創造します。
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| J-PEAKSに採択された提案の概要 |