カンブリア紀に生きた「フォスファトコピナ」
小さな小さな化石から、節足動物の進化を読み解く
自然科学教育部 博士後期課程
栁原 彩里 さん
- 所属
インタビュー担当の健児くんです。今回ご紹介する栁原彩里さんは、カンブリア紀の生物の研究を専門とする田中源吾教授のもとで研究を行っている大学院生。2026年度、高輝度光科学研究センターJASRI(Japan Synchrotron Radiation Research Institute)の「大学院生提案型課題(長期型)」および「JASRI奨励研究生」に採択され、その研究が大きく飛躍することが期待されています。

私が研究しているのは、5億年前のカンブリア紀と呼ばれる時代に生きていた、フォスファトコピナ(Phosphatocopina)という生物。体長1mmくらいの小さな甲殻類で、現代のカニやエビに通じる器官を数多く備えており、節足動物の進化を知る重要な手がかりと考えられています。現在、地球上の動物種の8割以上を占める節足動物が、どのように誕生し、多様化し、繁栄してきたのか。その進化の謎を解き明かすことが私の研究の目標です。
高輝度光科学研究センターJASRIは公益財団法人で、ここが運営しているのが、世界最高レベルの放射光を使った実験が可能な大型放射光施設SPring-8(スプリングエイト)です。この施設では、高輝度放射光や量子ビーム技術を活用し、地球惑星科学や環境科学、生命科学、物理学、さらには医学といったさまざまな科学研究や産業応用研究などが行われています。この施設で実施される「大学院生提案型課題」の中でも、特に重要性や独創性、将来性が高いと評価された研究に与えられる制度が「大学院生提案型課題(長期型)」で、今回私の「放射光イメージングを用いたカンブリア紀超小型節足動物(Phosphatocopina)の中枢神経系の探索・分析および系統学的意義 ─ 節足動物神経系の起源と進化的革新を読み解く ─」が、これに採択されました。私自身も「JASRI奨励研究生」に採択されたことで、通常よりも長期間にわたり、継続的にビームタイム(測定時間)の配分を受けることができ、大規模かつ計画的に研究を進めることができることとなりました。
SPring-8では、フォスファトコピナのような1mm程度のものでも、高輝度X線を用いた放射光XCTによって、化石を非破壊、かつ標本に非接触な状態で、その外部および内部構造を三次元的に観察することができます。私はまずこの5月に最初の実験を実施。その時は、化石標本のみを見るのではなく、化石を含む石灰岩や泥岩の観察を行いました。その理由は、岩石のどこに化石が分布しているかを見るためです。こういった小さな化石を取り出すときは酸処理をして不要な部分を溶かしますが、それだと、岩石のどこに化石があったのかはわかりません。しかし5月の実験で、化石が特定の層に集まっていることを確認。その位置の特定が、これまで必要だった酸処理を行わずに化石を取り出せる可能性につながり、化石本来の状態を保ったまま形態学的、また化学的な研究ができるようになると期待されます。また、野外でも化石密集層をより効率的に採取することが可能になります。
次の2度目の実験では、化石単体の放射光XCTを行い、フォスファトコピナの内部を確認。その結果、化石内部の空洞から、脳の位置、神経系や消化器官がどこにあったのかを判断することができました。次に予定している3度目は、2度目に観察したフォスファトコピナの中から、より良い状態のものだけを分析し、さらに高精細なデータを得たいと考えています。

6月初旬SPring-8での作業風景
応募することになったきっかけは、熊本大学に集中講義に来られていた京都大学の三宅亮教授なんです。鉱物の研究を専門にされている三宅教授が、廊下に貼ってあった、私が古生物学会に向けて作成していたフォスファトコピナの研究ポスターを見るなり「これや!」「SPring-8で研究したらおもしろいんじゃないか!?」となって、私の指導教員である田中源吾教授の部屋のドアを叩いて申請を提案してくださったそうです。
申請にあたっては、三宅教授や、その学生で「JASRI奨励研究生」になられていた、現在は東京大学でポスドクをされている三津川到博士と何度も打ち合わせを重ねました。どの試料を持ち込むか、どのような測定条件が適切か、どのエネルギーで測定するかなど、研究計画を一つひとつ検討しながら申請書を作成しました。当時私はイギリスに留学していたため、日本時間に合わせて早朝3時からオンラインミーティングに参加。私の理解が足りず落ち込むこともありましたが、三宅教授や三津川博士が丁寧に指導してくださり、申請書を完成させることができました。田中教授にも支援を頂きましたし、JASRIの星野博士や上杉博士からも詳細な助言を頂き、多くの方々のおかげで採択が叶ったと感謝しています。

栁原さんが作成したフォスファトコピナの研究ポスター
子どものころから博物館好きで、化石に興味を抱いたきっかけは、恐竜の骨格標本を見て「すごい!」と感動したことです。そしてある時、テレビ番組で恐竜特集を見て、「古生物」という、化石研究を通して生物を知るジャンルがあることを知りました。私は奇妙奇天烈な生き物の世界が大好きで、そのような生物の宝庫として関心を持ったのが深海とカンブリア紀でした。
進学した福岡大学では、まず田上響准教授のもとで恐竜化石の研究に取り組みました。その経験を通して古生物学の基礎を学び、研究の面白さを知ることができたと思います。一方、子どものころから興味を抱いていたカンブリア紀の生物を研究したいという思いも強くなっていく中で知ったのが、その分野を専門とする熊本大学の田中源吾教授の存在。田中教授のもとで研究したいと考え、大学院進学を機に熊本大学へ来ることとなりました。
カンブリア紀は、生命大爆発と言われるほど、海の中でビッグイベントが起こった時期。でも実は、日本にはカンブリア紀の化石の研究者がほとんどいないんです。理由は、日本ではカンブリア紀の化石が出ないため。田中教授や私は、フォスファトコピナを含め、保存状態の良いカンブリア紀の化石が出るスウェーデンで試料を採取しています。
私たち古生物学の研究者はやっぱり、自分で化石を採取して分析する、ということが基本なので、日本ではカンブリア紀の化石研究をやりづらいんです。その中で、田中教授はカンブリア紀の生物を扱うテレビ番組への出演や監修も行う貴重な存在であり、私のロールモデル。私も、カンブリア紀研究者を「絶滅」させないよう、がんばりたいと思っています。
博士号を取得し、博物館の学芸員になってカンブリア紀研究を続けたいと思っています。私は、科学研究の最先端にいる研究機関が大学と博物館だと考えていて、そのうち博物館は、小学生や幼稚園の子どもたちも科学に親しめる場所だからです。
だから、研究をやるだけではなく、学芸員としてどんどん来館者の前に出ていきたい。海外の博物館は学芸員がイベントを仕掛けるなどして、来館者の前に登場することが多いんですよね。でも日本では、学芸員の方々の仕事は収蔵や研究、資料管理など館の裏側を支える業務も多いため、来館者が直接お会いする機会はそれほど多くないように思います。私は海外の博物館のように、来てくれた方々に自然科学のおもしろさを積極的に発信できる学芸員になりたいんです。一人ではできないから、仲間を募っているところです。
また、イギリス留学中にケンブリッジ大学のセジウィック博物館でインターンをやった縁でつながりもできました。そういった国際的なネットワークも駆使できるような研究者になりたいと思っています。

セジウィック博物館の学芸員やスタッフと
私は古生物学が専門ですが、この研究では放射光施設の研究者や鉱物学の研究者など、多くの分野の方々と協力しています。そのため、自分の専門分野だけでなく、新しい分析手法や鉱物学などの知識を学びながら研究を進める必要があり、大変だと感じることもあるんです。しかし、その過程で自分だけでは気付けなかった視点を得ることができ、それが、新しい発見につながることも。異なる分野の研究者と議論を重ねながら研究をブラッシュアップしていくことで、これまで見えていなかった新しいものが見えてくることがあります。これは研究の大きな喜びだと思います。
ピラミッドを研究している人に、あまり「なんのため?」とは聞きませんよね。でも、こんな小さな化石を研究していると、「なんのために?」とたまに聞かれるんです。
この研究は人の命は救いません。でも、人のロマンを救うんです。そして、古生物が私たちに伝えてくれることは、私たちの未来に起こるかもしれないことを教えてくれます。もし、古生物をやってみたいなと思うなら、ぜひ、突き進んでほしい。好奇心を絶やさず、そして、興味を失わないでいてほしい、と伝えたいですね。

スウェーデンでの化石採取