熊本地震の経験を経て設立。災害医療に特化した
熊本大学病院・災害医療教育研究センター
熊本大学病院 災害医療教育研究センター
笠岡 俊志 センター長
インタビュー担当の健児くんです。
2016年の熊本地震では、多数の傷病者だけでなく、機能が低下した地域の医療機関からの入院患者受け入れなどにも力を尽くした熊本大学病院。その経験を経て2018年10月に設立されたのが、熊本大学病院災害医療教育研究センターです。その役割や活動について、センター長の笠岡俊志教授にお話を聞きました。

このセンターは、2018年10月に、災害医療に関する教育や研究の推進を目的に設立されました。災害医療に従事する人材の育成、行政や地域医療との連携、市民への防災教育などを通し、災害時においても医療をしっかりと提供できる体制を構築することが役割です。全国に、救急と災害が一緒になったセンターや講座を持つ大学や大学病院は多いのですが、災害医療に特化し、私のような専任の教授がいる組織は珍しいと思います。
私が熊本大学医学部附属病院(現・熊本大学病院)の救急・総合診療部教授に着任したのは、2012年の10月。その直前の7月には「平成24年7月九州北部豪雨」で白川が氾濫し阿蘇地方や熊本市内に被害が出ていますし、2016年には熊本地震、そして2020年7月には「令和2年7月豪雨(熊本豪雨)」で球磨川が氾濫し甚大な被害を出しました。熊本県は決して、自然災害が少ない地域ではないと思います。
当センターは、熊本地震後に、当時の病院長の発案で設立が検討され始めました。これも病院長の考えで文部科学省の課題解決型高度医療人材養成プログラムに申し込むことになり、私たちが応募した「多職種連携の災害支援を担う高度医療人養成」というプログラムが採択されたんです。多数の応募から採択された理由のひとつは、やはり熊本地震を経験していたこと。その特色を生かした教育を行うという計画が評価されました。その期待に応えるためには専任で活動する組織が必要だとして設立されたのが当センターです。
当センターが教えているのは、医療そのものというよりも、たとえば断水や停電、あるいは人手が圧倒的に不足しているような、普段とは違う状況の中で医療を継続するためにはどうするのか、そういったことです。また、普段であれば来院された順に診察をしますが、災害時には緊急度を判断し診る順番を決めるトリアージが必要です。その体制がしっかりしていなければ、緊急性の高い人が後回しになって命を落としかねない。そういったことが起こらないよう、災害時に必要な災害医療体制を学んでもらうことが当センターの大きな主眼となっています。
加えて、災害時の多職種連携も重視しています。普段からチーム医療など、多職種連携は意識されていますが、災害時にはそれがより強く求められる。そこを強調したのが、文科省に採択された「多職種連携の災害支援を担う高度医療人養成」でした。災害が起きた時、それぞれの専門職種の技能を生かしながらどう全体をまとめていくか。そこでは医師がリーダー的な役割を担うことが多いと思いますが、それ以外の職種の方々にも平時から知っておいていただくことが大事です。そこで、医師・歯科医師コースと、看護師や薬剤師、管理栄養士や歯科衛生士、歯科技工士、病院事務職員や行政職員、保健師も対象にした医療系専門職コースの2つを募集し、学んでいただきました。このプログラムはすでに終了し、令和5年度からは熊本大学履修証明プログラムとして「多職種連携災害支援コース」を開講し、毎年受講者を募集。文科省プログラムと熊本大学のプログラム、さらに熊本県の補助による短期間の講座も含めると、これまでに198名が修了しています。
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やはり、私たちが災害医療に特化したセンターだからこそ、実績を積み重ねることができたと思っています。
私が忘れられないのはまず、当センター発足時のキックオフセミナー。熊本県知事や熊本市長のほか文部科学省の方も来られ、当センターへの期待の大きさをひしひしと感じました。センターが発足して2年後の「令和2年7月豪雨」では、当センターのスタッフを熊本県庁の災害対策本部に派遣。また、熊本県からの要請で、熊本大学病院の活動として初めて、2つのDMATチームを、八代市と人吉市にそれぞれ派遣しています。
2024(令和6)年の能登半島地震では、私もDMAT隊員として被災地の支援に行き、奥能登の穴水町の保健センター内に設置された保健医療福祉調整本部で活動しました。私たちは発災後2週間して現地に入ったのですが、それまで、穴水町の避難所における医療支援はうまくコントロールされていませんでした。私が責任者となり、保健師さん、日本医師会のJMATチーム、精神科や歯科チームなどが効率よく活動できるよう、情報収集を元にどのチームをどこへ派遣するか、その調整を行いました。さらには、寄せられた情報をもとに避難所アセスメントを行い、たとえばトイレに困っているとか水に困っているとか、その情報をもとに対応。また、避難者の方々にダンボールベッドをもっと活用してもらうために、まずは展示を行って見てもらうなどの活動も行いました。
こういった仕事は必ずしも、私のような医師がやらなくてもいいのかもしれません。しかし、避難所に行ったチームから「こんな症状の避難者がいる」という情報が入った時、医師であれば、薬で対応するのか救急車を呼ぶのか、的確な対応ができます。やはり避難者の体調や健康管理において医療者目線は必要だと思うんです。だから、センターの災害医療訓練では、そういった災害本部の運営活動に関するトレーニングも実施しています。
![]() 能登半島被災地で活動 |
医療者が「避難所アセスメント」を学んでおき、避難所環境を向上させること。それがひいては、地域の医療機関の支援になるんです。避難所で具合が悪くなった人が行くところは病院ですが、災害時、機能が低下した病院に多くの患者さんが来ればもっと対応できない状況になり、それが災害関連死につながってしまいます。避難所で健康被害が起こらないようにすることは、医療機関をサポートする役割として、とても重要だと考えています。
当センターの特徴的な研修には、二次被害を防ぐため、避難所の環境を考えた医療支援を行うスキルを身につける「避難所アセスメント研修」があるんです。卒後教育で、医師、看護師、薬剤師のほか、様々な職種に従事する方が参加されます。年に一回、2日間の研修で、南阿蘇の阿蘇青少年交流の家での座学や実習と、熊本地震震災ミュージアムKIOKU、旧東海大学阿蘇校舎である熊本地震震災遺構の見学も実施。受講者からは、それらを見るだけでも大きな学びにつながると言われています。
災害拠点病院は、1995年に発生した阪神・淡路大震災を機に、災害時の初期医療提供体制の強化を図るために全国に設置されました。熊本県には、基幹災害拠点病院である熊本赤十字病院のほか、熊本大学病院を含めた17の地域災害拠点病院があります。
熊本大学病院では、熊本地震の時も、多数の傷病者や、被災したほかの医療機関からの入院患者も受け入れました。その後も、地震や洪水などの発生時でも高度な医療提供を継続できるよう、非常用発電機や井戸水を活用できる設備、衛星通信設備などを備え、災害対策マニュアルやBCP(業務継続計画)も策定しています。災害が起きたからといって、病院は「お休みします」とは言えません。何が起きても医療を継続する準備をしておくことが求められていて、それに応える体制を整えています。
![]() 熊本大学病院での災害訓練 |
その実務を担っているのが当センターです。令和2年7月豪雨で被災した人吉医療センターとのやり取りの中で、人吉医療センターの病院長から清水建設の担当者を紹介されたんです。そこから交流が始まり共同研究の形となり、清水建設から、ぜひ熊本県も巻き込んでこの活動を拡げましょうとご提案いただき、今回の包括連携協定となりました。
なぜ連携先がゼネコンなのかというと、やはり、病院という建物を建てるのは建設会社だからです。地震や水害に強い建物のノウハウを持っているし、特に清水建設は病院建設の実績が多く、その防災対策をとても重要視しているゼネコンなんです。清水建設の方が当センターのセミナーでしてくださる話は非常に役立つと、とても好評です。産学官連携は熊本大学も推進していますし、こういった大手ゼネコンと協働できることは、とてもありがたいことだと考えています。
熊本大学病院では、「熊本大学病院スマートホスピタル構想」という中期目標を策定しています。その中に掲げられている「感染症医療」や「救急医療」といったアクションプランの中には、「災害医療」もしっかりと取り上げられているんです。これは、熊本大学病院が災害医療を重要視しているということ。当センターが担う人材育成への期待もあると思いますし、災害拠点病院に指定されたことに対する責任の現れもあると考えています。
この目標を果たしていくには、当センターの取り組みを今後もしっかりと継続していくことが不可欠。災害に携わる多職種人材育成を今後も続け、災害医療体制自体をレベルアップしていかなければいけません。自然災害の中でも地震は予測も難しく、そして、気候変動が原因の自然災害とは異なり、人の努力で発生を抑制できるものでもありません。しかし、発災後の対応次第で被害は軽減できる。それは間違いないと思うんです。
災害大国である日本において、災害医療体制の発展は重要な課題の一つ。災害医療に特化したセンターだからこそ担える役割を、今後も果たしていきたいと考えています。
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