2024年にTSMCの子会社であるJASMが熊本で操業開始し、半導体関連の企業の進出も増えています。今回は、次世代半導体技術の第一人者である黒田理事長をお迎えし、「新生シリコンアイランド九州」の中核としての地位を確立しつつある熊本において、「今、大学の役割とは何か?」について対談していただきました。
半導体産業の集積が進む中、大学が動き出した
最近の両大学の取り組みは?
小川 熊本にTSMC進出が決まったのが令和3年の秋。タイムリーなことに、熊本の未来を拓くグローバルDX人材育成プロジェクトSPARCという事業が文科省で採択された頃でした。講義を県立大学と互換的に行うなど県立大学や東海大学と一緒にやってきました。令和4年、半導体人材育成のために半導体研究教育センターを立ち上げ、令和5年には半導体・デジタル研究教育機構を作りました。半導体関連の中核になる先生方をそろえ、「半導体をやります」と宣言。令和6年には、DS総合とDS半導体の2コースがある情報融合学環を立ち上げました。そこには女子が3割入学しています。
黒田 いいですねえ。
小川 令和7年にも大学院自然科学教育部半導体・情報数理専攻を作りました。半導体関連会社に就職するパワーゾーンは修士。いち早く修士を育て社会に出していこうという目的です。定員はすぐに埋まってしまいました。
黒田 小川学長らしいですね。「スピードを上げなきゃいけません。結果は後からついてくる」といつもおっしゃって。
県立大学は文学部、環境共生学部、総合管理学部と特徴のある学部があって、熊本大学とは違う色合いを出していました。もう一つ重要になるのが半導体学部だろうというので、今、その半導体学部を作ろうと準備しているところです。
半導体学部とは、半導体人材を育成する学部。では半導体人材とは何か?というと、半導体を作る人だけではないんですね。半導体を使う人も重要だし、半導体を使ってビジネスするだけじゃなく、半導体を使って社会を良くしよう、社会の課題を解決しようという人も重要になるわけです。ですから、半導体の力で社会の課題を解決する、そういうことを目指す人材を育成していきたい。小川学長を見習って、通常は3年かかるところを2年で、いや1年でやれないのかと、職員たちが悲鳴を上げながら(笑)頑張ってくれています。
半導体で社会課題を解決できる人材を育成する
黒田 半導体の力で解決すべき社会課題というと、熊本ではまずは渋滞。例えば、半導体を使ったAIを車に搭載して車と車がお互いに連携した上で、街や交通システムとも連携したら、渋滞が緩和できるかもしれない。これ、半導体の力で渋滞という社会課題を解決する話です。
次に水の問題。水があるから、半導体工場が熊本にやって来た。水を使うと、そんなに水を使って大丈夫なのか、使った水はどうするのか、汚染はないのか、と。そこで、県立大学の環境共生学部は、熊本大学とTSMCと共同研究を始めました。今、世界で淡水供給量の60%は農業に使っています。米国の大規模農家ではスプリンクラーで水を散布しています。あれに半導体、AIを使えば、本当に必要な所に必要な時に必要なだけの水を供給する ことができる。世界の水を30%セービングできるわけです。工場にも使える。
さらに医療。日本全体で50兆円ぐらいの医療費のうち30%は、生活習慣病だそうですね。病気になってから薬を飲むのではなく、ならないようにする。ヘルスケアあるいは未病にするために、24時間モニター、危なくなる前に医者に知らせる、などにも半導体を使えるかもしれない。
そういうことを発想できる、半導体の力で社会課題が解決できる人材を育てる。それができれば、熊本県は日本で一番の課題解決先進県になる。日本が世界で一番の課題解決先進国だとすれば、熊本は世界で一番の課題解決先進地域。それを目指して半導体学部をつくります。文科省の認可が下りれば、来年から新しく学生が入ってこられるようにする。教授陣も揃えています。ドリームチームです。熊本大学にも立派な先生が大勢いらっしゃるけど、その先生たちと一緒に共同研究できるよう、世界でも顔の知られた素晴らしい先生たちを集めました。
半導体ユーザー産業を伸ばす
小川 僕は半導体のことは専門ではないから、半導体で体の中をモニタリングできないか?半導体で治療はできないか?とか言っているんですが、半導体の先生からはいつも無理ですと言われる。でも、黒田理事長はお相手してくれるのです。
黒田 小川学長の夢は大きいんですよ。大きすぎて、多くの現実的な工学者や常識人は、無理と答える。でも僕は、その夢の大きさに惹かれていましてね(笑)。実際難しいし、できる道筋が見えているわけでもないけど、一緒に考えたいなと。
名医の小川学長が「これができたら医療は革命的に変わる」とか、熊本大学は発生学が世界有数で「その研究がぐっと進む」と言われたら、何とかできないかという気持ちになるんですよ。夢は大きければ大きいほど、その困難さをなんとかしてみたいという気持ちになりますよね。
すばらしい。わくわくしますね。
黒田 農業も熊本から変わっていくかもしれない。3Dプリンターで肉を作るという話を聞きました。細かい血管まで肉っぽく作る。刺身の方が簡単だとも言われました。自給率100%にできるわけですよ。
小川 熊本は一時期シリコンアイランドでグーッと上り坂だったけど、それから下ってしまった。半導体関連産業を伸ばしておけばよかったのではないか。今度は、今の上り坂の間にいろんな産業を伸ばせば、熊本は安定するはず。
黒田 基礎科学から社会実装活用まで昔は30年かかったのが、最近は3年。とても短い。例えば生成AIが出たと思ったら、ものすごい投資が始まって、いろんなところにも応用が始まっている。だから逆に、基礎科学に投資をしようという動きが世界中で始まっています。3年後には新しい産業も起こして新しい会社を立ち上げて、そこが経済を回し始めるという時代になっているんです。
小川 以前の職場、国立循環器病研究センターでオープンイノベーションセンターを作り、多くの企業を誘致した時の話です。当時、心電図の持続モニターは、外来で24時間が常識だった。そこで、1週間ぐらいモニタリングできる、外来でお風呂に入れる、そういうモニターが欲しいとある企業の社長に言ったんです。彼は「数カ月でできます」と即答。なぜすぐにできるかと聞くと、「半導体のメモリを大きくするだけなんです」と。すぐに病院で試して厚労省の認可をとって、今売っているんです。僕らは作るのはできないが、ニーズを投げるだけでも結構ヒントになります。
半導体の世紀、ど真ん中の熊本
来熊2年目のご感想はいかがですか?
黒田 熊本の大地から感じるエネルギーに最初驚きました。『風とともに去りぬ』のテーマ曲『タラのテーマ』のようだと。そういう大地から来るエネルギーに加えて、この地のポテンシャルの高さと熱量の高さ。皆が、よしやろうという気持ちになっているんですよ。ここは、僕の大切なフィールドです。
実は今、『半導体の世紀』という本を書こうとしています。『石油の世紀』というピューリッツァー賞を受賞した本がありますが、これまでは確かに石油の世紀だった。しかし、これからは半導体の世紀。その世紀の中で、熊本は半導体製造の拠点として選ばれたわけです。半導体を使って医療を革新する。半導体を使って生命科学の扉を開く。あるいは農業にというようなことも、ここ熊本から始まる。「半導体の世紀」のど真ん中、舞台の主役になるんじゃないかという期待を持って熊本を見ています。
そのためには、頭脳を引き付けなきゃならない。熊本が魅力的だ。あそこに行くと、データがいっぱいある、面白いおじさんがいる、自分のチップを作ってくれる、そういう仕掛けをいろいろやって頭脳を引き付ける。頭脳と頭脳が出合ったところで、イノベーションが起きる。さっきのようなアイデアが沸々と沸いて、議論の中で大成功までたどり着くものもある。熊本が面白い土地になっていくんじゃないかな。僕は、その中で少しでも役割を果たしたい。
大学連携と産学一体
小川 それは僕も同感です。黒田理事長が大学を卒業する頃は半導体の春だった。夏が来て秋が来て冬が来た。冬の時代も理事長はずっと半導体で生きてきて、そして今また春になろうとしている。この世のサイクルをずっと見てきた強さが理事長にあると思うんですよね。そういう方がおられるのは心強い。
僕が一番心配しているのは日本の科学力。科学力が大変低下している。科学論文の引用回数に基づく世界ランキングは、90年代の3位をピークに現在は13位。これをどうしたらいいか?
解決する方法は二つ。一つは、いろいろな大学と協力すること。一緒になってレベルを上げていくことが必要。だから、東京大学や東北大学の分室を作って一緒にやっている。もう一つは、産学連携だと思う。TSMCと共同研究やっているが、TSMCの研究者は世界の科学論文のランキングトップ1%の論文を持っている。彼らは同レベルの研究者としか共同研究したくないと言う。厳しさがあっていいと思う。
驚いたのは、台湾の陽明交通大学がTSMCと共同研究しているが、副学長はTSMCからの出向者。産学連携どころか産学一体ですよ。日本も、そういう風にならないと勝てない。黒田理事長がたくさんの優秀な研究者を連れてきてくださるし熊本大学にも優秀な研究者はいますので、オープンマインドでコミュニケーションし、新しいことを生み出すことを期待しています。
黒田 半導体産業も昔は社内で閉じてやっていた垂直統合。でも、産業が大きくなり技術が複雑になっていくと、一社だけではやりきれず、例えば製造だけに集中してやろうという水平分業になってきた。これからはネットワーク型だと思う。
本当に強いものを持っている者同士がネットワークでつながる強者連合。熊本大学と県立大学は最初分業していて、これからは連携だという話だけども、何か一つキャンパスを共有しようというだけではなくて、その中にいるタレント、活躍している研究者たちがいろいろと一緒にやり始めるのがネットワークですよね。オンラインでもできなくはないんだけれども、こういう強烈な化学変化を相手に起こさせるようなキャラの人はオンラインだと面白くないんですよ。近くにいるから、僕は小川学長の情熱にかけた。オンラインだとロジックどまりで、必ずしもハイにならない。熊本大学と県立大学はこれから強い人が吸い寄せられるように集まってきます。
小川 企業と企業がオープンイノベーションをやりだしたら強いと思う。熊本大学ではSOIL(セミコンダクタ・オープンイノベーション・ラボラトリー)という施設を建てました。そこには、企業同士のオープンエリアもあって、企業の数はどんどん増えていますよ。

SOILのオープンラボでは民間企業と活発な共同研究が行われている。 |
そこに触媒が入ったら面白いですね。
黒田 シリコンがサイエンスのための触媒になると思っているんですよ。半導体産業というのは、スマートフォンのように世界中ですごい大量生産するからものすごい利益が出る産業。サイエンスのためなんて大した数が出るわけでもないから儲からないっていうので見捨てられてきた。でも、サイエンスで先行したら、あっという間にそれが新しい産業を興す時代になりつつあります。
日本は最初頑張ってリードするけれども、事業化のところで息絶え、資本の競争で負けちゃうというのを繰り返してきた。最近はそれが長いマラソンじゃなくて、100m走みたいにダッシュした方が勝つんですよ。先ほど生体活動を体内からモニターするようなものができたらすごいとおっしゃいましたが、それが触媒みたいになって発生学と別の科学がくっついてものすごいものが生まれ得る。それが起きたら、ものすごい産業が生まれるわけですよ。新しい時代の戦い方だと思いますね。
ドリームチームが世界の頭脳を惹きつける
世界の頭脳を惹きつけるために大学ができることって何でしょうか?
黒田 いっぱいあります。先ほど紹介した半導体学部のドリームチーム。彼らに惹きつけられてお弟子さんが集まる。海外の卓越した頭脳も彼らに引き寄せられるように集まって来る。そういうところから始めたい。もう一つは、違うものの組み合わせ。医療と半導体、半導体と人文科学とか半導体と農業みたいな。これをすると、また頭脳が集まって来るんですよ。熊本県はサイエンスパークをつくるでしょう。このサイエンスパークも人を集める仕掛けなんですね。例えば台湾の人を集める。台湾人は、世界でビジネスを探すのがとっても上手です。ところが、お客さんを取ってくるところまでは上手なんだけど、その後は技術的な問題が起こる。これを解決するには、日本のサイエンスの力が重要です。お互いに補い合って人と金とモノが国境を越えて行き来していたのが、最近やりにくいでしょう、国境を越えるのが。それをサイエンスパークにつくるんですよ。そうすると、国境を越えずに人と情報とお金とモノが混ざる、こういう仕組みをつくるといい。だから、科学者や研究者、ビジネスマン、企業人など、新しいものをやりたいと思う人。こういう人たちを集める仕組みをつくっていくんですね。いずれの仕組みもやっぱり「人」が中心。それは大学の仕事だと思いますね。
小川 そうですね。今一所懸命に声をけているのが、文系です。半導体を使った、AIを使った、何かをやろうと声をかけているんですよ。この4月からできるのが共創学環です。グローバルと地域のイノベーションを起こして、そこに経営マネジメントの要素を入れようと考えています。
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では最後に、お互いにエールを。
小川 県立大学には理事長の頭脳がある。そして、新しい先生方と共に、熊本のレベルを上げていくことに期待しています。
黒田 せっかちなトップ同士で二人三脚、これからも熊本で頑張っていきましょう。
小川 よろしくお願いいたします。今日はありがとうございました。