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    製造業の工場立地に着目し研究

人間の経済活動は、どう地域を特徴づけるのか
製造業の工場立地に着目し研究

大学院人文社会科学研究部

鹿嶋 洋 教授

研究
インタビュー担当

インタビュー担当の健児くんです。
自然も人も両方を対象にする地理学の中で、鹿嶋洋教授が専門とするのは経済地理学。人間の経済活動が、地域をどう形作っていくのかに大きな関心を持っている分野です。その中でも鹿嶋教授は、製造業における工場の立地が地域の変成にどう影響するかに着目した工業地理学の研究を続けています。

工場立地は人の動向にも影響
工場撤退後の変化にも関心

まずは、工業地理学について教えてください。

 私が初めてこの研究を行ったのは、学部生だったときの卒業論文です。私の中学高校時代はバブル期で、出身地である大分県をはじめ九州各県に半導体関連の企業がたくさん立地し、各地域が、地域の発展に大きな期待を寄せていた時代でした。そんな時代背景もあって卒業論文に大分県の半導体産業の立地と地域の変化を選びました。

 当時、大分県ではまず、大手半導体企業の進出に伴ってローカルサプライヤーが形成され始めました。半導体の経験はまったくなかった企業が地元の下請け企業として参入し大企業の生産システムを支え、さらにそこから徐々に業種が拡大。地元企業がやる仕事の内容も多様になり、大企業から技術移転を受けて技術もレベルが上がり成長し、地域の中で産業集積が進んでいきました。

 大工場が立地すると農村的であった地域が少しずつ工業化し、地元に仕事が提供されて、大都市に流出していた若者が地元にとどまるようになっていきます。そうやって地域全体が変わっていく。企業は地域の条件を見て立地しますが、立地した後は工場が地域を変成させ、それがその地域の新たな特徴となっていきます。こういった、工場立地がその地域をどう形作っていくのかを見るのが私の専門である工業地理学です。

工場の立地は地域を大きく変えるんですね。

 私は逆に、工場が閉鎖されたらどうなるのかも調べたことがあります。大手製造企業の工場が撤退した地域で、従業員の再就職等の動向を調べました。その時、企業から提示された他県への配置転換を受け入れたのは約1割で、約9割が退職し、その多くは地元に残りました。家庭を持つ従業員の多くは地元で再就職。地元企業の賃金水準は元の会社に比べて何割か下がりますが、家庭を優先してそれを甘受していました。一方、単身者や自分の技術を活かしたいと考える人、住宅ローンなどがあって給与が下がると困る人などが他地域の大手製造業に転職して行きました。彼らは自分や家族、知人など様々な人的ネットワークや公的支援などを活用しつつその後の人生を選択していました。外部からの衝撃を地域が受け止め、緩和していったわけです。地元に残った当事者お二人にインタビューし、家族とともに慣れ親しんだ地域で暮らし続けたいという生の声を聞けたのも良かったと思っています。この研究については本も出版しており、読んだ方からも当事者インタビューが一番興味深かったという感想を頂きました。

地元企業の参入が難しい半導体産業
今後も熊本は大きな研究対象

TSMCが工場を立地した熊本県をどう見ておられますか。

 工場の本格稼働から約2年ですが、期待したほどの変化は起きていないと多くの人が感じているのではないでしょうか。その理由のひとつが、地元企業の参入がそれほど多くないことだと思います。製造業の中でも半導体は、新たに工場を作った場合、もともとある工場の仕組みをそのまま再現するやり方をします。装置も原材料も同じものを使用することが、一番リスクが少なく確実だからです。ということは、地域にいくら工場が進出しても、地元産業の参入はなかなか難しい。これは今の半導体産業の特徴です。

 私が卒論にした大分県の半導体産業立地のケースは、大手企業が地元の企業をたくさん育成したし、当時は製造も人海戦術的なやり方でした。しかし現在の半導体は装置産業であり、その装置も非常に高額なので、ここに地元企業が参入することは厳しい。これが、波及効果が小さい理由のひとつだと考えています。もちろんこれから原材料等の国内調達率は上がっていくと思いますが、九州や熊本の割合がどうなるかはわかりません。

まだまだ、これから見ていかないといけないということですね。

 そもそも地理学とは、ローカルな面と、国全体を見るナショナルな面、そして世界全体を見るグローバルな面という、様々な空間スケールを合わせて見るマルチスケールな学問です。TSMCの熊本進出も、ローカルな面で言えば、熊本にパートナー企業のソニーがいたこと、その隣に土地があったこと、水が豊富で、電力価格も日本国内の中では比較的安いという背景があります。しかしそもそも日本進出には米中の対立や、台湾での電力や水の調達が難しいというグローバルな側面もあります。そういう背景を持つ工場の進出によって、今後熊本はどう変わっていくのでしょうか。熊本県はもちろん私の研究対象であり、台湾の研究者とも共同研究を進めています。

今年は熊本地震から10年です。これに関してご研究はありますか。

 熊本地震の時は、熊本県内の製造業の被害と復興をまとめた本を、当時熊本学園大学におられた伊東維年(つなとし)先生と私が中心となり、熊本県工業連合会と共同で出版しています。

 このときからやるようになったのが、災害研究。熊本地震では、域外から立地している大企業の工場が比較的早く復旧することがわかりました。理由は、社内の応援を受けやすいからです。ある大手自動車企業のグループ会社の工場では、数トンもある金型が壁を突き破り外に落ちるという大きな被害を受けたんです。この工場で作られる製品はグループ企業全体だけでなく他社にも供給されていましたから、工場の停止は大変な非常事態でした。そこで、グループ企業から約1000人もの社員が応援に来熊。会社が彼らのためホテルを隣県に借り、毎日バスで送迎し、食事も隣県で調達し総力を挙げて復旧にあたったんです。こんなことは大企業だから可能なんです。

そこから見えてくるものはどんなことでしょうか。

 復旧のスピードには、災害の規模や種類の差もありますが、地域性もかかわることがわかります。熊本県には域外の大企業が多く復旧スピードが速いことは地域特性のひとつ。地元の中小企業に大企業のような復旧は無理ですが、大企業が先に復旧するとそこから仕事が出せるので、中小企業にもそれが波及して良い効果が出てきます。

 従来の経済地理学では、域外から進出してきた大企業は儲かった利益を域外に持っていくし、工場閉鎖のような地域の命運を左右する重大な決定が地元では決められないという問題もあるので、あまり良い存在ではない、その地域がほかの地域に従属されるような形になるから、企業誘致に頼った経済発展の仕方は望ましくないという見解がありました。

 でも最近は、そうでもないのでは、と言われるようになっています。災害からの復旧の速さもそうだし、技術移転やイノベーションの点でも、大企業が技術や知識をもたらしてくれます。さらに地元企業は大企業との取引を通じて世界市場にアクセスできるというプラスの効果もあります。したがって、企業誘致をあまり否定的にとらえる必要はないのではないかと考えられています。

 大企業の存在はやはり地域経済にとって大きな意味があるし、災害時などにおけるプラスの面もある。かつ工場が存続していくためには地域との結びつきが重要。その両方を考慮する必要があると思っています。今後は、災害研究の知見を、私の専門である工業地理学にもっと取り込んで融合させていきたいですね。

子どものころから「地図」好き
そこから人間相手の人文地理学へ

先生はなぜこのご研究を始めたのですか。

 子どものころから地図を見ることが大好きだったんです。小学校の2年生くらいで、もう日本のほとんどの市町村を知っていたと思います。

 大学で地理学を専攻したんですが、最初は自然地理学の1分野である地形学を学ぶつもりでした。ところが、たとえば川の蛇行がどうやってできるのかを実験で明らかにする土木工学のような授業に面食らいました。これは自分が思っていた地理学じゃないと違和感を抱き、いろんな授業を取ってみて、人間相手の地理学である人文地理学を選択。でも、そこで最初から工業地理学をやろうとは思ってなかったんです。私は別府市の出身なので、観光地理学もおもしろそうだと。でもすでに別府出身の観光地理学者として著名な先生がいることを知り、「勝てない」と思ってやめました(笑)。今でも観光地理学をやっていたらどうだったかな、と思うこともあります。私自身が職人っぽいところがあるので、ものづくりに携わる人々を対象にするのは性に合っているのかもしれません。研究はやっぱり好奇心。小さなことでも、今まで誰も知らなかったことを発見することが楽しいです。社会貢献ももちろん大切ですが、好きなことをやっているから私も今まで続けてこられました。

最後に、今後の展望をお話しください!

 私は、今年4月に創設される共創学環に異動します。

 今までは文学部で地理学を教え、学生と一緒に様々なフィールドへも行きました。地域資源を生かした地域づくりや観光立地、都市研究など、学生の関心は本当に様々。私自身は、そういった研究に本格的に取り組んだことはありませんが、学生とともに九州各県でいろいろと知見を深めてきました。共創学環は、課題解決型人材の育成を掲げていますから、私のそういったフィールドワークの教育経験を生かし、社会課題解決に資する人材を輩出したい。これが、教育面でのこれからの目標です。

 そして研究面でも、製造業に限らずにもうちょっと幅を広げ、産業と地域とのかかわりと、持続的な産業と地域のあり方を考えていきたいですね。


学生たちのフィールドワーク

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