現代社会に不可欠な対話と話し合う力
すべての子どもたちに必要なスキルを育む

大学院教育学研究科 教育学部国語科教育講座

北川 雅浩 准教授

研究
インタビュー担当

インタビュー担当の健児くんです。
対話や話し合う力は、多様性を重視する現代社会にこそ不可欠。しかし、それに対する小中学校での教育は、まだ十分とは言えません。どんな取り組みで、子どもたちはどう力を付けていくのか。熊本大学附属小学校をはじめ、熊本市内の小中学校とともに実証的研究を進めている北川雅浩准教授にお話を伺いました。

大切なのは、全員が話し合いの「プロセス」を共有すること

どんなご研究をされているんですか。

 主に、小学校と中学校を対象に、児童・生徒の対話と話し合いの力を伸ばす研究をしています。国語科と言えば文学を学ぶイメージがあると思いますが、現代社会では、議論する力、話し合って合意を得る力が必要であり、25年程前から、学習指導要領でも話し合う力を高めることが求められています。しかし、その力を付けるための指導方法については、一層の積み上げが必要。私は、子どもたちが対話や話し合う力をどのように付けていくのか、実践的に実証しながら研究しています。

実践的な実証とは、どのようなことをされるのですか。

 学校現場で実際に話し合う力を高めることをねらった指導に取り組んでもらい、指導後に子どもたちの話し合いがどのように変容したかを調査・分析します。すべてのグループの話し合いで出された発言を文字に起こし、どんなタイプの発言が増えたか、進行に関する工夫は見られたか、等を分析していきます。
 例えば、熊本大学附属小学校での実証研究では、3年生に、自分の学校の良いところを外部に発信するには何を伝えるべきかを決める話し合いをしてもらいました。
 子どもたちが考えた意見はそれぞれ違っていて、その中から、どれを発信するのか選びます。この時に、その人はなぜそれが学校の良さだと思うのか、それを質問し合うことで違う意見を理解することが大事。そうでないと、安易に多数決で決めてしまったり、クラスのオピニオンリーダー的な児童の意見ばかりが通ってしまったりします。質問し合い、言葉にできていなかったところを引き出しながら理解し合うことを重視しました。

 そうすると、意見は違っていても、それを選んだ根底にある思い、例えば「ワクワクするようなところを良いと思っている」といった共通点が見つかります。それを整理していきながら合意を目指すという、建設的なやり方を指導しました。

子どもたちは、うまく話し合いができましたか?

 建設的に話し合うには、話し合いの「プロセス」を大事にすることが必要。話し合いをどう進めるのか、全体を俯瞰する視点がないと、やたらと質問するばかりで何も決められなかったということになってしまいがちです。

 また、この附属小学校での実証研究では、話し合いのプロセスを意識できるようにと「プロセスカード」というツールを導入しました。
 プロセスカードには、例えば「話し合いの目的をみんなで確認する」や「考えてきた意見を出し合う」「出された意見に質問し合う」「にている・同じところで仲間分けする」などと書いてあります。そのカードを見れば、今、自分たちが話し合いのどの辺にいるのかを全員が意識できるようになっています。

 

プロセスカードは、今何をすべきかを全員が把握しやすいですね!

 そうなんです。実証の結果、司会の子だけでなく参加者全員が、例えば「もう先に進んだ方がいい」など、進行に関連した発話や行為をすることが確実に増えることが分かりました。

 小学校や中学校で児童・生徒自身に話し合いをさせるような場面では、優れた子を司会者にする傾向があります。それだと、司会をする子だけは司会台本をもとに話し合いのプロセスを意識できますが、ほかの子たちはそういったプロセスを意識する力をまったく働かせないまま義務教育を終え、社会に放り出されてしまいます。話し合いのプロセスを意識する力はすべての子どもたちに育まれるべきですが、その機会が不足しているのではないか。そう感じたことで、どう取り組めばいいか考えることが研究の柱となりました。

2024年度に、優れた研究に贈られる熊本大学研究業績表彰を受けられたと伺いました。

 熊本大学附属小学校での、プロセスカードを使った実証研究をまとめた論文を評価頂きました。ただそれ以上に、小学校と協働で研究を進めたことに対して、熊本大学から「もっとこういった研究を進めてほしい」というメッセージでもあると捉えています。ですからこの受賞では、改めて気を引き締めて研究に取り組まなければという気持ちになりました。

実際に教壇に立った経験を踏まえ、研究の道へ

先生はなぜ教育の世界に進まれたのですか。

 教育の現場に惹かれたのは、人と関わる仕事がしたかったから。中でも、自分が関わることで伸びていく、小学生くらいの子どもたちに教える仕事はおもしろそうだと思いました。
 そして、学部4年生で書いた論文を恩師の先生に褒めて頂いた時に気付いたのが、自分は研究も好きだということ。ただ、教育を研究するのであれば、ある程度現場の経験を積んでからのほうがいい。実践的力量を得てからの方が、理論の見え方も違うという思いがあって小学校教諭になりました。教員をしながら大学院に進み博士号を取得。小学校現場も楽しかったので、想定より長く教員として小学校に勤めました。

子どもたちの対話や話し合う力に着目されたのはなぜですか。

 対話を通して学ぶ価値や必要性は、教育現場でもかなり実感されています。しかし、その学びが十分かというと、そこに課題を感じているんです。

 様々な人がともに学ぶ中では、それぞれが違う中、一人ひとりが何を大事にしていて、本質的な部分を探る営みが大切だと思うんです。そういったことをしないまま、「違うものは違う」で済ませてしまう。なぜ相手がそう考えるのか、理由を尋ねたり、その根っこにあるものを探る行為が教育現場に極めて不足していると思います。子どもたちに目を向けてみても、相手に質問をすると煩わしいと思われるのではないか、否定しようとしていると受け取られるのではないか、そういった捉え方をしてしまっているケースが少なからず見られます。それだと、「違い」というものから学ぶせっかくの機会が活かされていません。文科省でも小中学生の対話的学びの必要性を掲げていますが、まだまだ整備が必要だと考えています。

和を大切にする日本らしい話し合いの力を育みたい

欧米の小中学校では、議論の場も多いと聞きました。

 そうです。しかし日本は、はっきりと反対意見を述べることを失礼と考える文化があり、一概に海外のやり方がいいとは言えません。言い負かすことだけが目的になるようなディスカッションは良くないことは、海外の研究者も指摘しています。和を大事にする日本の話し合いについて取り上げた海外の文献もしばしば見られます。
 国際化が進む中、場合によっては日本人も自分の意見をしっかりと述べる力が必要です。しかし日本らしさも大事にしながら話し合うためには、その機会を与え経験させることが大切です。特に小学校時代は、考えを深めると同時に、それが楽しい、心地よいと学習するべき。それを博士論文にまとめ2024年11月に出版したのが『小学校国語科における討論指導に関する研究―協同探究のための<議論展開能力>の育成―』です。

教育の現場で働きたい学生や、今働いている先生方へメッセージをお願いします。

 どんな仕事にも「心を揺さぶられる瞬間」はあると思いますが、それをダイレクトに分かりやすく得られるのが教育の現場だと思います。学校行事などで子どもたちと一緒に何かを創り上げ、心の底から喜び合える。また、教え方などの自分の工夫に対し、すぐに子どもたちの反応が返ってくることにもやりがいがあります。限られた期間ではあるけれど、保護者よりも長い時間を子どもたちと過ごすのが教師であり、そこで構築される関係性は、教育という職業の魅力ではないでしょうか。

 そして現場の先生たちには感謝しかありません。これだけの経済大国ながら、教育に割く予算が少ないのが日本。その中でトップレベルの教育を与えておられます。その自負を持って、これからの社会をよりよく生きられるように、子どもたちをブラッシュアップしてほしいと思います。