化石に残る「眼」に注目!
小さな化石が記憶する、壮大な命と地球の営み
くまもと水循環・減災研究教育センター 沿岸環境部門
田中源吾 准教授
インタビュー担当の健児くんです。よろしくお願いします。
生物の化石と言えば巨大な恐竜を思い浮かべがちですが、もっとずっと小さな生物の化石を研究し、大きな発見をしているのが田中源吾准教授です。小学生の頃に初めて化石と出会って以来、ずっと化石を見つめ続けてきた田中准教授をご紹介します。
微化石と呼ばれる小さな化石や、三葉虫やエビなどの節足動物の化石を研究しています。これまでの研究の中で一番の発見になったものが、カンブリア紀の節足動物の化石から世界で初めて中枢神経系が保存されたものを見つけたこと。この発見に関する研究論文は、科学雑誌『ネイチャー』に掲載されました。
カンブリア紀の生き物は、現生の生き物とは見た目がまったく異なる「奇妙奇天烈」な生物が多いんです。私は微化石研究の中でも、化石に残された「眼」に着目しているんですが、カンブリア紀の生き物には眼を4つも5つも持つものがいるんです。
中国の雲南大学で化石収蔵庫を見せてもらった時、眼が4つある気になる化石があって、許可をもらい日本に持ち帰ってCT画像を撮影したんです。すると、胴体の中央に白い線が写り、分析すると、脳を含む中枢神経系が保存されていることが分かりました。
この生物はアラルコメネウスという節足動物で、体長は2.5cmほど。以前から知られているアラルコメネウスは、カナダで、5億500万年くらい前のバージェス頁岩という地層で見つかっていたんですが、この時中国から持ち帰った化石は5億1800万年前の地層から見つかったもの。年代が1300万年くらい古く、新種だということも分かりました。
(アラルコメネウスのCT画像) |
神経が残されるのは非常にまれです。脊椎動物であれば中枢神経は脊椎に守られていますが、アラルコメネウスのような節足動物は硬い殻を外側に持っているので中身はやわらかく、中枢神経も残されにくいんです。
私が見つけたアラルコメネウスの新種は、眼が4個あるように見えるのですが、実は2個で1つなので、眼は左右に1つずつあることになります。その眼の根っこのところに1つの神経の束があり、脳とつながっていました。そういった中枢神経の配列などから、アラルコメネウスは、現生する生物の中ではサソリやカブトガニなどの鋏角(きょうかく)類に分 類されることが分かったんです。
(アラルコメネウスの想像図) |
そう言っていいと思います。
カンブリア紀は、地球上に生物が現れたことが目に見えて明らかとされる「顕生代」のうち、もっとも古い時代を指します。
この時代の生き物は、多くが次の時代になる前に絶滅したとされ、現在の生き物とつながっていないと考えられていました。ただ、こういった発見から、彼らは不思議な外見をしていましたが中身は今の生き物と変わらないことが分かりました。
この発見はさらに、中枢神経をベースにした系統樹の作成につながったんです。作成は、共同研究をしたアリゾナ大学の先生がやってくれました。
これまで、カンブリア紀の生き物と今の生き物をつなげた系統樹は、見た目(外観)をベースに作られていました。しかし、例えばイルカと魚はまったく違う生き物ですが、水の中を泳ぐため同じような流線型になります。外観のみの形態情報で系統樹を作るのは、実は危険なんです。
それに対し、神経系という保守的な特徴をベースに作られた系統樹は精度も高くなり、現在も変更されることなく使われています。
小さなころから古いものが好きでした。たぶん、祖母に大正時代の話などをよく聞かされていたからだと思います。
最初は、昔のお金や切手を集めていたんですが、小学生には買えないような高価なものもあります。でも、古いものを集めたい。そんな時に偶然出会ったのが、イノセラムスという白亜紀の二枚貝の化石でした。空き地で石を投げて遊んでいた時に、その石の中に入っていたんです。小学校の理科の先生に見せたら化石だと教えてくれて、そこから今につながっています。
その後もずっと、自分の近くに化石をよく知る先生方の存在がありました。中学校の先生は私が大学生になってからも化石が採取できるところに連れて行ってくれたりした、私の中では一番大きな存在。博士号を取ったあとに行った京都でも化石をやっている先生に出会い、海外に行けばカンブリア紀を研究する先生に出会い。節目節目で、いい出会いがありましたね。
(フィールドワークの様子) |
NHKの『ダーウィンが来た』には出演もしていますが、そのほかにもテレビ番組や博物館の監修をさせて頂いています。2015年にNHKで放送されていたアニメ『ピカイア!』も、ストーリーにカンブリア紀を含む古生代の生き物が出てくるので、監修に携わりました。私の研究室に来る学生さんが『ピカイア!』を観ていたというので、監修をやっていたと話すと驚いていましたよ。
天草の御所浦町は化石が出ることで有名で、熊本大学の公開講座の一つである臨海実習は、九州大学総合研究博物館や御所浦博物館とも協働しています。天草は、5千万年前と1億年前の干潟の地層が同時に見られる全国でもまれな場所。加えて、熊本大学の合津マリンステーションは、目の前に現在の干潟、近くに干潟の地層や化石もでており、年2回、ここで公開実習を行っています。参加は全員が他大学の学生たち。いつも定員をオーバーする盛況ぶりなんですよ。
私は長年、介形虫という二枚貝の化石を研究しています。介形虫は1mmにも満たないサイズでカイミジンコとも呼ばれ、5億年くらい前から現代まで、ずっと生息しています。
介形虫は、貝殻に眼の一部としてレンズを発達させています。サイズは50ミクロン程度。眼といっても網膜細胞は1個か2個しかないので、網膜で像を結ぶことはできなくて、彼らは光の有無のみを感知しているようです。
この介形虫の眼は、彼らが生息している水深によって角度が違うんです。深いところにいるものは上からくる光を感知しやすくするため殻の背中側に眼を持ち、浅いところにいるものはまぶしすぎないように横に眼を持っていると考えられます。現生の介形虫の生息水深と眼の角度の相関を理解し、それを介形虫の化石の眼の角度に当てはめることで、昔の海の水深を測ることができるはず。現生の介形虫のデータを世界中から集めて、介形虫の化石から古の海の水深を知る世界共通のツールを作りたいと思っています。
(顕微鏡で見た介形虫) |
生物はいろんな器官を持っていますが、中でも眼は、遠くのエサを最も見分けやすい器官だと思います。最初は光だけを感じるだけで、次第に、何かが通り過ぎるくらいを感知できるようになった。そして、ぼやっとですが像を結べるようになっていく。このあたりの連続した証拠を化石で発見できれば、眼の起源と進化を明らかにできると思うんです。捕食者という存在が初めて出てきた、それを化石記録を通して解明したいと考えています。