筋肉は、なぜ大きくなったり小さくなったりする? メカニズム解明で創薬への道を拓く

熊本大学 発生医学研究所

藤巻 慎 助教

研究
インタビュー担当

インタビュー担当の健児くんです。
今回は、熊本大学の「発生医学研究所」を訪ねました。様々な研究分野がある中で、お話を伺ったのは筋発生再生分野で骨格筋の研究を行っている藤巻慎助教です。筋肉は鍛えれば大きくなり、動かさなければ小さくなることは私たちも知っていますが、それはなぜなのでしょうか。誰も知らないそのメカニズム解明に向け、日々研究に勤しんでいます。

筋肉に張り巡らされた血管が、筋肉へのシグナルを送っていた!

まずは、研究内容について教えてください。

 私は、小野悠介教授率いる筋発生再生分野の研究室に所属。この研究室では、筋肉という臓器の中でも、骨格筋の発生・再生や筋肥大・筋萎縮のメカニズムに関する研究をしています。それを解明することで、例えば高齢社会の課題である、加齢によって筋肉が萎縮するサルコペニアの予防・治療法の開発などにつなげることがビジョン。創薬への道を拓くため、副作用も含めて細かいメカニズムを明らかにすることを目標の一つとしています。

 その中で私は、筋肉が持つ可塑性に着目した研究を進めています。可塑性とは、外部からの刺激に柔軟に対応し変化できる性質を指す言葉。筋肉は、筋トレをすれば肥大するし、ケガなどでギプスをはめていると萎縮することはよく知られていると思います。発生が終わったあと、つまり大人が持つ筋肉の筋肥大や筋萎縮はなぜ起こるのか。このメカニズムを明らかにしたいと考えています。

これまでにどんなことが分かっているんですか。

 筋肉の大きさがどう制御されているのか、そのメカニズムについての研究は世界中で行われており、様々なことが分かってきています。ただ筋肉は、ギプス固定や長期臥床など不活動状態になったとき以外にも、糖尿病やがん、腎臓病などの慢性疾患、そしてCOVID-19のような感染症に罹患しても萎縮することが分かっているのに、それがどういう仕組みで起こるのかについてはいまだに分からないことが多く残されています。

 筋肉は筋線維という繊維状の細胞が集まってできている組織です。これまでの筋肉の可塑性の研究は、筋線維の中でどういう遺伝子が働いているかにフォーカスしたものがほとんどで、その上流のメカニズムに関する研究はあまりありませんでした。そこで私は、筋線維の周り、つまり筋線維の外に着目。何が筋肉の萎縮を誘導するのかを突き止める研究を始めました。
 そして発見したのが、筋肉を萎縮させるようなシグナルが、筋線維と筋線維の間を縫うように張り巡らされた血管から送られているということです。血管は酸素や栄養素を全身に運ぶことが主な役割ですが、実は最近、血管を構成する血管内皮細胞が、筋肉だけではなく様々な組織に働きかける因子を分泌していることが分かってきています。この因子は、アンジオクラインファクターという総称で呼ばれており、その中に、筋肉に働きかけているものがあることを突き止めました。これは2022年に論文で報告しています。


(血管Dll4-筋Notch2軸による筋可塑性制御)

病気になると、その因子が筋肉を萎縮させるのですか。

 論文では、糖尿病のモデルを使いました。糖尿病になると、私たちが着目しているDll4というタンパク質が血管からたくさん出て筋線維に作用します。ギプスをはめて筋肉を動かさないような場合にも、同じようなメカニズムで筋萎縮が誘導されることを確かめています。ただ、血管側が小さくなれと指令を出しているのか、筋肉側が小さくしてくれと求めているのかはまだ分かっていませんので研究を進めています。

 実はこのDll4は、筋肉を肥大させるような運動刺激を筋肉に加えた時にも同様に、筋肉を小さくさせる働きをすることが分かっています。なぜかというと、筋肉に大きくなってほしくないからなんです。
 筋肉は大きければ大きいほど良いと思うかもしれませんが、生物は、筋肉が大きいほどエネルギーを必要とします。例えば狩猟時代、獲物が取れない時だってあるのに、ヒトに大きな筋肉があって大きなエネルギーを必要としたら困りますよね。だから、筋肉をそこまで大きくしないようにブレーキを掛けるシステムが備わっているんだろうと思います。
 このブレーキを掛けるシグナルをブロックして筋力トレーニングをすると筋肥大がより効率的に起こることがマウスの実験で分かっているので、この筋肥大と萎縮のメカニズムが詳しく解明されれば、疾患のある人や高齢者が、それほど負荷をかけない筋トレでも筋肉量を維持できる薬の開発につなげることができると考えています。

「やるからにはでかいことを」。小野教授の言葉は今も強く胸に。

先生はなぜこの研究を始めたのですか。

 私は、筑波大学の体育専門学群で、運動生理学を学びました。バスケットボールをやっていて、大学で本格的にウエイトトレーニングを始めたらみるみるうちに体が大きくなり、筋肉の仕組みに興味を持ったんです。体育専門学群といっても、生物学や電気生理学などを取り入れている理系の研究室もあり、私はその中でマッスルバイオロジーをやっている研究室に入りました。
 そこで研究をやるうちに知ったのが、小野先生の名前です。小野先生は若いながら勢いのある研究者として筋発生・再生研究では当時から有名で、学会でお会いした時に「学位を取ったらおいで」と言って頂いたのを真に受けてやってきました(笑)。


(小野教授(中央)とコロラドにて)

研究のモチベーションになっているものはなんですか。

 前所属の長崎大学に赴任してすぐ、小野先生から言われた「やるからにはでかいことをやろう」という言葉が、今もモチベーションになっています。小野先生のラボに来てから約8年になるのですが、この言葉は今もずっと意識し続けています。

 研究は一朝一夕でできるものではなく、一人でできるものでもありません。私はいつも、研究はチームプレーだと感じているんです。2022年に報告した論文も、私たちのラボの力だけでは完成させることはできませんでした。熊本大学内の他分野、そして他大学の共同研究者のお力添えがあってできたことです。
 そういう意味では、人と関わることが大事だと意識して、ラボだけにとどまらず、学会活動などにも積極的に参加しています。


(研究ミーティングの様子 King’s College Londonにて)

分野を超えた「チーム」で、幅広い人に貢献する研究をしたい!

今後の展望は。

 医学や生物学ではなく体育というフィールド出身である人間として、医理学と体育学の間に存在する垣根をとっぱらう研究をすることが目標です。
 体育学では、身体機能をより高めて、ひいては国を代表するようなアスリートにするという研究を行いますが、医学では、疾患に着目し、疾患がある人を健常な状態に戻すことが研究目標になります。ただ、目標は違っても、身体機能を高めるという研究のベクトルは同じです。

 運動が身体に良いことはみんな知っていて、アメリカでは「Exercise is Medicine(運動は薬である)」という言い方をします。でも、疾患がある人や高齢者に運動をしてくださいと言っても、簡単ではありません。筋トレも、ある程度の負荷をかけなければ筋力は上がりませんから。
 もし私たちの研究から、負荷をある程度落としても運動で筋肉を大きくできる恩恵を受けられる薬ができれば、疾患のある人や高齢者も手軽に筋肉量を維持でき、サルコペニアを予防できるのではないか。運動と薬を併用する「Exercise with Medicine」を目指す研究領域を、将来仲間も引き込んでつくっていきたいと考えています。先ほど、研究はチームプレーだと話しましたが、異分野の人も巻き込んだチームをつくり、幅広い人に届けられる研究をしていきたいです。