食欲を抑える神経細胞の一種を発見!肥満治療への貢献に期待

大学院生命科学研究部(基礎系)

戸田知得 准教授

研究
インタビュー担当

インタビュー担当の健児くんです。よろしくお願いします。
間脳にある視床下部は、体温や食欲、ホルモンの 分泌などを司る生命の中枢です。視床下部で食欲を抑える働きを持つ神経細胞の一種が発見され、肥満予防・治療開発にもつながると期待が高まって います。これらの研究に取り組む大学院生命科学研究部の戸田知得准教授に話を聞きました!

食後に活性化し、食欲を抑える働きがある神経細胞とは!?

先生が発見された神経細胞はどのような働きを持つ細胞なのか教えてください。

この神経細胞には、マウスの視床下部の背内側核と呼ばれる神経核において、食後に活性化し食欲を抑える働きがあります。その活動を人工的に増加させると食事量が低下し、抑制すると食事量が増加することから、肥満予防や治療に貢献できるのではないかと期待しています。

これまでも、食欲を増加したり抑制したりする神経細胞がさまざまな研究者によって報告されていると聞いていますが、先生の研究はこれまでのものとどのように違うのですか?

これまでの研究で、視床下部は食欲の調節にとって重要な部位であることは明らかにされており、中でも腹内側核や弓状核において、食欲を増加または抑制するさまざまな神経細胞が報告されています。しかし、これらの研究の多くは「遺伝子欠損マウス」(ノックアウトマウス)を実験で用いるのが一般的でした。遺伝子欠損マウスは、生まれる前から一つの遺伝子が欠損しているので、神経細胞や神経回路の発生・発達に影響を及ぼす可能性があり、生理的な条件で食欲を調節する神経の働きが十分に解明されない可能性があります。そこで私たちは、活性化した神経細胞を蛍光タンパク質で標識できるマウスを使って、食後に脳内のどの神経細胞が活性化するかを調べました。

(脳の切片の中にあるタンパク質を染色して実験)

蛍光タンパク質で標識できるマウスを用いた研究が導いた新発見

活性化した神経細胞を蛍光タンパク質で標識できるマウスは、どのような特徴があるんですか?

薬を投与した瞬間に、活性化した細胞がすべて光るんです。このマウスを用いて実験をすることで、食後、そろそろ満腹になってきたかなというタイミングで活性化している細胞を正確に見つけ出すことができます。

(頭上のカメラがマウスの脳内にある神経細胞を撮影)

実験の結果はどうでしたか?

遺伝子欠損マウスを使った実験では、食後に活性化した神経が増加していたのは、視床下部の腹内側核や弓状核でしたが、活性化した神経細胞を蛍光タンパク質で標識できるマウスを使った実験では、背内側核の神経細胞が活性化していることがわかりました。そこで別の日に、背内側核の神経細胞を人工的に活性化させると、マウスの食事量が低下し、人為的な抑制によって食事量が増加しました。つまり、食事をして、1~2時間程で活性化する細胞は、これまで満腹中枢と思われていた視床下部の腹内側核や弓状核とは違う場所にあり、その細胞には食欲抑制する機能があるということがわかりました。

また、この神経細胞を活性化させるとマウスの場所嗜好性が変化したことから、心地よい感情などにも影響を与えることが示唆されました。この神経細胞に発現しているGastrin-releasing peptideという遺伝子は性行動に重要であることも分かっていて、食欲と性欲の調節に関与している可能性もあります。

(カメラで撮影した神経細胞(左)は、神経活動の増減によって光ったり消えたりしている。右は活性化した神経細胞を赤く染色したもの)

「研究は、無限大!」自由に学び、今後は予測の研究も

先生はどのようなことに興味があって、研究者の道を選んだのですか?

私は “頭をいじって”、どのように代謝が変化するのかということに興味がありました。例えば、末梢神経や脂肪細胞から出てくるようなホルモンを頭の一部に投与して、血糖値が上がったか下がったか、また筋肉でのグルコースの取り込みが起こったか起こらなかったかなどの研究を今もメインで行っています。それに加えて、全身レベルでの代謝にも興味があります。自分が持っているツールで、全身レベルの代謝の研究ができないかなと考えたときに、多くの人が興味を持っている「食欲」をテーマに選びました。

研究の魅力について教えてください。

研究の魅力は、「無限に広がる」ということですね。たとえば、マウスに運動や学習をやってもらったり、ホルモンを投与したり、ご飯を食べさせる、食べさせない、太った、やせた…等々、いろんなことをやってもらうんです。そういう時に活性化する神経を捉えて、その機能を人工的に活性化・抑制しながら観察することで、新しい発見があったり、次の研究につながるなど、やりたいことが無限に広がるんですよ。特に私の研究室の学生さんは、自由にいろんなことを研究しています。他学部の学生さんにとっても新しい発見があるかもしれませんので、「横断的に学びたい!」という意欲のある学生さんは、いつでも大歓迎です。

先生が目指す研究の展開についてお聞かせください。

食に関する「予測」の研究をしていきたいですね。たとえば、ご飯が目の前に出てきて、それを「今から食べることができるんだ」と思った瞬間に、実は脳の機能がいろいろ動いていて、血糖値を下げやすくするような働きがあるんです。また、夜中においしそうなご飯をテレビで見て「おなかがすいたな…」みたいなプロセスってあるでしょう?それって「食べたらどんな味がするか」という記憶を呼び戻して、それによって末梢組織や胃などが「これからこれを食べたらこんな感じかな」って予測しながら動いているわけですよね。「考えるだけ」なのに、筋肉でのグルコースの取り込みや内臓からの糖分の放出などが実は行われているんです。その現象自体は「パブロフの犬」の条件付けなどで、100年程前に発見されてはいるんですが、その神経回路はまだわかってないんですよ。痛みや恐怖などの記憶の研究は進んでいるんですけど、食事に関する記憶って未解明の部分も多いので、うまく発見できれば面白いですよね。血糖値の調節に、とても重要な研究になるんじゃないかと考えています。