薬学研究、そして新素材や機能性食品開発も。そのキーワードは「超分子」!

熊本大学大学院生命科学研究部/薬学部

東大志 准教授

研究
インタビュー担当

インタビュー担当の健児くんです。よろしくお願いします。
今回ご紹介する東大志准教授は、薬学研究の中でもドラッグデリバリーシステムという、薬を人の細胞の中に効率的に運ぶための研究をメインに行っています。研究の中心となっているのが「超分子」。
それが新素材の発見や機能性食品の開発にもつながっていて、先生のお話はワクワクするような内容ばかりでした!

どうすれば、人の細胞に薬を効率的に運ぶことができるのか

まずは、研究内容について教えてください。

東先生:簡単に言うと、体の中で薬を運ぶ「運び屋さん」を作る研究です。分野的にはドラッグデリバリーシステム(DDS)研究と呼ばれます。
 核酸やタンパク質など、人の生体分子から作られるバイオ医薬品は、細胞の中に入って初めて効果を発揮できます。しかし、そういった薬を、効かせたい細胞内に効率的に運ぶ技術は難しく、世界中の研究者がDDS研究に取り組んでいるんです。私が開発しているのは、超分子を使い、核酸でもタンパク質でも、どんなものでも乗せて細胞内へと運べるもの。これに「ナノロボット」という名前を付け、世に出すために頑張っています。

超分子って、どんなものなんですか。

東先生:超分子は、分子がたくさん集まったものを言います。例えばDNAは超分子だし、細胞も超分子と捉えることができます。私の研究は、超分子をDDSに使う、もしくは超分子自体を薬にする、というもの。分子はどんな研究分野でも扱いますが、超分子という概念を薬学に積極的に絡めているのが、私の研究の特徴。これまでなかった「超分子薬学」という領域を新しく立ち上げました。

 例えば、今目の前で話している人が、突然死んでしまうとします。今までしゃべっていたのに、急に人間としての機能をなくしてしまう。その人を構成している分子の種類も数も、重量も全く変わらないのに、急に機能だけが大きく変わってしまうのはなぜか。それはきっと、体の中の超分子反応が止まったからなんです。心臓が動くのは超分子同士の働きであり、血液が流れて酸素を運ぶのも超分子の反応です。体を一つの大きな超分子であると捉えると、生きていることは超分子が動いていることだと考えることができる。そこから、何か新しい医療が生まれてくるのではないかと思うんです。私の研究は、そんな考え方から新しいDDSや薬を創るヒントを得ています。

新たな可能性を秘めた新素材や機能性食品の開発も!

研究の中で、新しい材料も発見されたと伺いました。

東先生:タンニン酸とポリエチレングリコール(PEG)を使って、これまでにない性質を持つゲル(半固体または固体状の物質)を作りました。

 私は緑茶が好きで、ある日、渋みの成分であるタンニン酸に興味を持ったんです。そして、タンニン酸とPEGを混ぜるとゲルができることを海外の論文で知りました。ただそれは、液体のりのようなドロリとした状態になるだけ。私が作ったゲルはゴム状で、水分を含んだ状態で引っ張るととてもよく伸びるんです。また、乾かすと、軽量で強いプラスチックのような素材に変化。それをお湯につけると再度柔らかくなって好きな形に変形できますが、それが乾いたあと、再度お湯につけるとまたもとの形に戻る形状記憶性もある。さらに、折れてもお湯につけたらまたくっつくという自己修復の機能も持つ新素材です。

海外の論文で知られていたゲルと、なぜ違うものができたんですか。

東先生:タンニン酸と混ぜたPEGが、とても長いものだったからなんです。PEGは分子量で長さが決まります。いろいろな長さがあって、一般的に使うのは4万分子量以下のもの。私の研究でも、ナノロボットの材料として使っています。

 ただ実は、私の研究室に、50万分子量というとても長いPEGがあったんです。まったく使わない分子量のPEGなので、おそらく以前誰かが間違って買ってしまい、そのまま保管されていたと思われます。使わないのはもったいないから使っちゃえ、とばかりにタンニン酸と混ぜてみたら、今回の新素材ができた、というわけです。

誰かの失敗が、新しい発見につながった。おもしろいですね!

東先生:ほかにも、おもしろいことも分かっているんですよ。農業の分野では、お茶などにクギを入れて作るタンニン鉄が、植物の生育を良くすると言われています。私は、今回作った新素材を試しに植物に与えてみました。すると、ゲルを与えたほうが明らかに元気になったんです。農業分野で使われているタンニン鉄と同じ作用があることが分かりました。

機能性食品の開発もされているそうですね。

東先生:『調身料ドンマイン』という機能性食品です。これは、熊本大学発スタートアップである株式会社サイディンで開発し、販売しています。サイディンには設立当初からずっと関わっており、現在はサイディンの取締役を兼務しております。代表取締役を務める弘津辰徳くんがドンマインの母親なら、私が父親のようなものです。医薬品や機能性食品の研究開発を主な事業としていますが、医薬品を開発して使えるようになるまでには、本当に時間がかかるんです。だからサイディンでは、スピード感を持って人々に貢献できる機能性食品事業にも力を入れています。

 そこで開発したのが『調身料ドンマイン』。料理に振りかけて食べると、「ドンマイン」に使われているシクロデキストリンが脂肪の体への吸収を抑制してくれるんです。だから、調味料ではなく、身体を整える「調身料」。無味無臭なのでどんな料理にも振りかけられますよ。

シクロデキストリンとは、どんな物質なんですか。

東先生:シクロデキストリンは、オリゴ糖とも呼ばれるグルコースが環の状態になっているもの。例えばトウモロコシデンプンに酵素を混ぜればシクロデキストリンになる。とても安全な化合物です。超分子化学ではよく使われる化合物で、私の研究室でも、先代の教授の頃から50年以上、シクロデキストリンを研究しています。

 そして、シクロデキストリンも超分子の原料であり、シクロデキストリンを見ることで、超分子というものをとてもよく勉強できるんです。私が立ち上げた超分子薬学という領域も、薬学と超分子化学をシクロデキストリンがつないでくれたと思っています。

ゼネラリストが多い薬学部。薬学出身の研究者を増やしたい

DDS研究のほかに新素材や機能性食品。興味深い研究ばかりですが、先生はなぜ薬学の世界に進まれたのでしょうか。

東先生:薬学部に進学した理由には、特にこれといったきっかけはなくて、姉が熊本大学の薬学部に進学していたことや、薬剤師の資格が取れるから、という考えもありました。ただ、研究が好きだったから、薬学部1年生の時から研究者になりたいと思っていました。

 薬学部は薬剤師になることを目標に進学してくる人も多いですが、今、日本は研究力や創薬力の低下も懸念されています。薬学に進む人は広範な知識を持つゼネラリストが多い。いろんなことができる人が多いので、そういう人に創薬研究に携わってほしいと思います(受け売りですが・・・)。研究マインド持った薬剤師、薬学部出身の研究者、そういう人材を増やさないといけませんね。

東先生が考える「研究」とは、なんですか。

東先生:私は今子育て中なんですが、子育ての本を読んでただそれを実践しようとしてもうまくいきません。でも、本で勉強して、さらにどうすれば自分の子どもにとっていいのかを自分で一生懸命考えて、実践します。それって研究だと思うんですよ。研究は0を1にするようなもの。どんな仕事に就いても必要であり、さらに言えば、人生には生涯、研究が必要です。研究室に入ってくる学生たちにも、よくそう話しています。