手のひらに収まる小さなデバイスが、新しい医療の道を拓く!

熊本大学大学院先端科学研究部 医工学部門

中島雄太 准教授

研究
インタビュー担当

インタビュー担当の健児くんです。よろしくお願いします。
今回ご紹介する先生は、子どもの頃は医療の道に憧れつつも、大学時代から機械工学を専門としてきた中島雄太准教授です。今は、「たとえ目の前に患者さんがいなくても、工学で多くの人を幸せにできる」との思いを胸に、工学と医学や薬学を融合させた様々な研究を進めています。

がんの早期発見を可能にするデバイスを開発

どのようなご研究をされているんですか。

中島先生:私が行っているのは、特にマイクロやナノ分野の工学技術を、医学や薬学、バイオなどに応用する研究です。その一つが、がん細胞を検出するデバイスの開発。手のひらに収まる小さなサイズのデバイスなので、小さな半導体の加工プロセスに使われる技術を応用しています。半導体の電子回路などを組み立てる時に使われている、すごく微細な線を描く技術です。

がん細胞を検出するとは、どのような仕組みなのでしょうか。

中島先生:このデバイスに血液1mlを流すだけで、がん細胞を捕まえることができます。
 デバイスの中には、直径5mm程度の円盤状のマイクロフィルタが入っています。このフィルタには幅5ミクロンの微細な切込みが入っており、このフィルタに血液を流すと、約20ミクロンある血液細胞やがん細胞はフィルタ上に引っ掛かり、目詰まりを起こします。そうすると、血液が流れにくくなりフィルタを押す力が発生します。この力でフィルタがカゴ状に変形するんです。
 変形すると5ミクロンの線の幅が引き延ばされて広がるので、細胞はそこを抜け落ちます。ただこの時、フィルタの上に、がん細胞に特異的に発現しているタンパク質が結合する核酸アプタマーを置いておくと、がん細胞はそれにくっついているので抜け落ちません。そうやってがん細胞を捕まえます。
 血液1ミリリットル中に血液細胞は約50億個。その中にがん細胞は1個から10個しか含まれないと言われているんですが、それを見つけ出すことができるデバイスです。

:デバイスの見本。
クリアケースの中に入っているものががん細胞を捕まえるマイクロフィルタ

下:細胞がフィルタの上に乗り、フィルタが変形することでがん細胞だけが捕まる仕組み

中島先生:がん検査にはPET検査もありますが、この検査はがんの大きさが1mm以下の時は画像として映らないから見つからないんです。また、がんがあるかどうかも分からない段階では、時間も費用もかかるPET検査は受けづらいものですよね。それに対し、このデバイスを使えば1mlの血液でがんがあるかどうかが分かります。しかも手のひらに収まるサイズなので、大きな装置も必要ありません。
 でも、今の段階ではどこにがんがあるかまでは分からないので、このデバイスを使いがんの疑いを見てからPET検査などを受けると、効率的な検査・治療に結び付けられると思います。

実用化はもう近いのですか?

中島先生:がんかどうか判断し、治療の判断に使える医療器具として使えるようになるには許認可が必要なので、そこまでの道のりはまだ少し長いかなと考えています。

 ただ、このデバイスは、がんかどうか調べるだけでなく、がん患者さんの治療中の経過観察や再発のチェックにも有効なんです。抗がん剤治療を受けている患者さんの血液を調べ、がん細胞が減っていれば抗がん剤が効いていることが分かります。また、がんの切除手術を受けたあと、再発していないかどうかの確認にも使えます。このデバイスを、そういった治療中や予後のチェックに使えるようになるまでには、それほど長くはかからないのではないかと考えています。

開発のきっかけは、子どもの虫取り網と七夕飾り!

先生はなぜこの研究を始めたのですか。

中島先生:もともと機械工学が専門ですが、小中高校生までは医療の道に興味がありました。医師とか薬剤師とか。でも、その頭脳が足りなくて(笑)。
 ただ、目の前の患者さんを診る仕事ではなくても、多くの人たちを幸せにすることができるんじゃないか、それを工学系でやってみようと考えるようになったんです。いろいろなことを学ぶうちに、半導体という小さなものを作るプロセスを使って細胞を扱う技術があると知り、それを医学や薬学に結び付けたいと、この研究を始めました。

 円盤状のフィルタを変形させてがん細胞を捕まえる方法は、息子と虫取りをしていた時の網を見て思いついたんです。例えば排水口でゴミをキャッチする網も立体的ですよね。何かを捕まえようと思うなら、やっぱり立体的な物の方が効率的。そこで思いついたのが、七夕飾りに使われる切り紙でした。平面の紙をうまく切ると、立体的になりますよね。それが、切り紙と、平面である半導体を作るプロセスを組み合わせたこの研究につながりました。

どんな専門を選んでも、いつか、自分がやりたいことにつなげられる

医療の現場だけでなく、研究の場でも役立ちそうな開発ですね。

中島先生:はい。研究のための理学機器としての実用化も目指しています。
 例えば、このデバイスで患者さんのがん細胞を取り出せば、その培養ができます。培養ができれば、がん細胞の遺伝子の発現が解析できたり、がん細胞の薬への耐性や、どの抗がん剤がその患者さんに合うかなどを調べることが可能になります。これは個別化医療にも貢献できると思います。

 デバイスの開発とは別に、同じく半導体加工プロセスを活用し、細胞を自分が好きなように組み立てて、それらを組み合わせて臓器や組織を作る技術の研究も進めているんです。
 この技術は、一例として創薬研究に活用できます。創薬研究では、平面上に並んだ細胞には効く薬なのに、臓器のように立体になった細胞や、治験で人の体に入れると効かない、ということが起こります。細胞を立体的に組み立てた臓器や組織があれば薬のスクリーニングなどに使えるので、薬学の先生と一緒に研究を進めています。

 機械工学を専門に、医療の世界や、医学、薬学、理学等を専門に研究をされている先生方に使って頂くツールを創出していくことも私の役割だと思っています。

まさに、分野を超えた研究ですね!

中島先生:工学では、目の前の患者さんを診て治すことはできません。でも、医療の世界では機械工学や制御工学が役に立っていて、今私は、工学の世界から子どもの頃にやりたいと考えたこととつながることができています。何かをやりたいという気持ちがあれば、どんな専門を選んでも、そこに結び付けていけます。学生さんたちには、自分の興味と得意なものは何かしっかりと考えながら、やりたいことを見つけてほしいですね。