熊大を「マンガ学」の全国的拠点に!
文学部附属国際マンガ学教育研究センター
池川佳宏 准教授
インタビュー担当の健児くんです。よろしくお願いします。
今回紹介するのは、文学部附属国際マンガ学教育研究センターの池川佳宏准教授です。雑誌編集者や国のマンガ調査事業などに従事したこともある、少し異色な経歴の持ち主。センターを、全国規模のマンガ学研究とアーカイブ事業の拠点とするべく奮闘しています。
池川先生:熊本県は、『ONE PIECE』の作者である尾田栄一郎先生を筆頭に多数の著名な作家を輩出しており、約10年前に「マンガ県くまもと」構想を立ち上げました。産学官連携でマンガ県くまもとを構築する動きの中で、まず2019年には熊本大学文学部コミュニケーション情報学科に、マンガも研究対象とする現代文化資源学コースが創設されました。そして熊本大学と熊本日日新聞社によって「くまもとマンガ協議会」が発足し、その後2022年10月に立ち上げられたのが文学部附属国際マンガ学教育研究センターです。マンガ学の国際的な研究、人材育成を通じた教育、地域文化資源を通した社会貢献を大きな柱としています。
ミッションの一つに「マンガ刊本のアーカイブ」があります。印刷物としてすでに150年近い歴史があるマンガですが、これを保存している施設は多くありません。特に九州には、マンガ全般を対象とした、本格的なアーカイブ施設がないんです。九州のみならず全国におけるマンガ学研究や収蔵の拠点となるべく発足したのがこのセンターです。でも、このセンターでは小さすぎるので、別の場所にアーカイブ施設を作りたいですね。
池川先生:とても学際的な分野です。例えば、マンガの作品論なら文学研究の中の作家研究のメソッドが取り入れられるし、どんな人たちが読んでいるのか、読み手に対する興味なら社会学的研究のアプローチになるでしょう。いろんな分野の知見が集結しているという点で、おもしろい学問だと思います。
池川先生:私は少々変わったキャリアの持ち主なんです。出版社で編集者として勤務したり、国のマンガ調査事業に携わったり、学芸員をしていた経験もあります。そういったバックグラウンドを活かした仕事をしています。
一例が、過去の名作に新たな価値をつけて紹介する仕事。実は熊本大学(旧制五高)を舞台にした長編マンガがあるんです。熊本大学では、五高記念館を中心に大学全体をミュージアムとする「熊本大学キャンパスミュージアム構想」を進めています。その一環としてマンガ原作者梶原一騎先生のマンガ作品『あゝ五高 武夫原頭に草萌えて』をテーマにした企画展を2023年の夏に五高記念館で、秋に蔦屋書店熊本三年坂で開催しました。
梶原先生の祖父が熊本出身で、先生自身もアイデンティティの源を熊本に感じておられたようです。また、五高生の実態とは若干違うのですが、梶原先生は「バンカラ」的なものに思い入れも強くて、あえて五高を舞台にした群像劇を描いたのです。これはヒット作を目指して、というより、自分を振り返るような気持ちで作られたのだと思います。実は単行本に収録されていない、ファンには「幻の第一話」と呼ばれる、連載開始時に梶原先生が熊本県を取材した時の話をマンガにしたものもあり、企画展で公開しました。作品が発表された1978年当時の熊本を知ることもできますよ。
(蔦屋書店熊本三年坂でのトークイベントの様子) |
池川先生:雑誌は、特に背表紙がない中綴じのものは、立てておくと、くにゃっとなって保管しづらいんです。これをきれいに収蔵するための「中綴じマンガ雑誌用収蔵段ボール」を、熊本県の企業BTconnectさんと一緒に開発し実用新案を取得しました。中の仕切り板で数冊ごとに分けられるのが大きな特長。月2回発行の雑誌なら1箱にちょうど1年分が入り、月1回の月刊雑誌なら2年分をひとまとめに保存できるサイズ感も好評です。
図書館などでは合冊といって、雑誌数冊をひとまとめにしてファイルする収蔵を行います。そうすると雑誌の背にあたる部分が糊付けされてしまう。実は雑誌の背にあたる部分には発行年月日や編集者名が書かれており、研究上非常に重要なんです。アーカイブという観点から、なるべく元の姿を失わずに保管したいと開発しました。すでに、大学研究機関等から購入いただいています。
池川先生:そのマンガが、どんな形で世に出たのか、雄弁に物語ってくれるのがマンガ雑誌です。例えば、単に『ONE PIECE』を読みたいのなら単行本を読めばいいですよね。でも、第一話が掲載された1997年8月4日号(34号)の『週刊少年ジャンプ』を開いてみましょう。『ONE PIECE』掲載の合間にはプリクラの紹介記事があり、読者プレゼントには初代のプレイステーションがあるという1997年当時の少年にとって興味のある情報が詰まっていて、そういう時代背景の中で『ONE PIECE』が生まれたことがわかります。25年以上経った後の今の学生にも、当時の空気感を掴みやすいという点で、マンガ雑誌は「時代のパッケージ」として優れていると思います。実際に雑誌を作っていた立場の実感としても、そう思いますね。
池川先生:ゼミをここで行っています。マンガ学は、様々な研究の切り口を自分で見つけることができます。センターにはマンガだけではなく、マンガの研究書もたくさんあり、自分が何をテーマにし、研究を進めるにはどういうレールを敷いてどういう駅を通ってどこにたどり着けばいいのかを示唆してくれる資料があります。「自分の興味はこれだ」とか「ここまでなら研究を進められる」とか、研究に対する距離感もつかみやすいと思いますよ。
その中で私は、先ほど話した、時代や社会を理解する「パッケージ」としてのマンガ雑誌の良さを伝えています。マンガをアプリで読む若者も多いと思いますが、そこにはマンガ雑誌が持っていた多様性に乏しいところがあります。マンガに限らず、今の学生さんたちが見ている世界は、インターネットの発達によって一見広くなったようで、自分の興味がある情報が選別されて提供されていて、実はとても限定的なところもあります。そんなことにも気付いてもらえたらうれしいですね。
池川先生:私自身のミッションは、産官学連携による「マンガ県くまもと」構想の中核的役割を担うという大きなところと同時に、保管ボックスのような製品開発など、学問とはちょっと違うところも含めてセンターの存在感を知らしめていくことだと思っています。また、日本マンガ学会の事務局も同センター内に移転しましたので、国内外のメディア芸術・現代文化研究をリードするような研究機関となるべく進めているところです。
日本のマンガ刊本は約50万冊強あると言われていまして、繰り返しになりますが、センターの展望としては、これらの資料を熊本県内にアーカイブする保管場所を探しているんです。アーカイブ施設として、県内の皆さんも過去のマンガ雑誌などを閲覧提供できるような場所があるとありがたいですね。